2010/07/21のBlog
[ 01:09 ]
[ 独り言の部屋 ]
今日の朝出勤したらスタッフのNさんの顔色が良くない。
何度もトイレに行く。
「どうかしたん、って聞くと朝方下腹が痛くなりトイレに行くと
黒い便が出た、二度目には普通の便になったけどもなんだか調子が悪い」
との事、一大事、直感で胃潰瘍の再発を感じた。
すぐに主治医に行き、説明をすると胃潰瘍の再発ですと言われた。
3年前に検診で胃カメラをしたら、先生は「今までたくさんの胃を見て来たが
こんな立派な潰瘍を見たのは初めてです」て言われた。
その時も自覚症状が無かったが、軽い気持ちで胃カメラしたらって連れって
行った。今回も血便は出たが胃が痛んだりはしていないとの事
無神経なのか、痛みを感じない幸せな人のようです。
私も最近の業務でかなり神経をすり減らしていたので、胃が痛かったり、
食欲がなかったりでまっ黒の便がでた、すぐに先生に言うおそらく
消火不良と違いますかってあっさりと言われた。
以前胃カメラで胃の中に血の点々があったのに、大丈夫ですって
いとも簡単に言われてしまった。
私って凄い神経質って思っているのに誰も信用してくれない
これって損よね、
いつもふらふらしてるから見えないようですね、
ショック、もっと真剣に落ち込もうっと。
何度もトイレに行く。
「どうかしたん、って聞くと朝方下腹が痛くなりトイレに行くと
黒い便が出た、二度目には普通の便になったけどもなんだか調子が悪い」
との事、一大事、直感で胃潰瘍の再発を感じた。
すぐに主治医に行き、説明をすると胃潰瘍の再発ですと言われた。
3年前に検診で胃カメラをしたら、先生は「今までたくさんの胃を見て来たが
こんな立派な潰瘍を見たのは初めてです」て言われた。
その時も自覚症状が無かったが、軽い気持ちで胃カメラしたらって連れって
行った。今回も血便は出たが胃が痛んだりはしていないとの事
無神経なのか、痛みを感じない幸せな人のようです。
私も最近の業務でかなり神経をすり減らしていたので、胃が痛かったり、
食欲がなかったりでまっ黒の便がでた、すぐに先生に言うおそらく
消火不良と違いますかってあっさりと言われた。
以前胃カメラで胃の中に血の点々があったのに、大丈夫ですって
いとも簡単に言われてしまった。
私って凄い神経質って思っているのに誰も信用してくれない
これって損よね、
いつもふらふらしてるから見えないようですね、
ショック、もっと真剣に落ち込もうっと。
2010/07/20のBlog
[ 16:05 ]
[ 私の独り言の部屋 ]
くつろぎの家らくを開所して7年間、利用者を御世の国に
見送ったのが一人も出なかったのが自慢だったが
そろそろその自慢が敗れかかって来た。
先月自宅で倒れ腕を骨折した利用者さんが力尽きて
入院をしてしまった。
一時気力が出てきたと思い、思わずハグをしてあげたのに
結局は尽きてしまった様だ、というより家族が根をあげてしまったのが
現実です。
以前から死ぬのは自宅でと強い希望があり、らくとしては出来る限り
利用者の想いを受け入れ、往診出来る先生にお願いをしたり、その方の
希望が叶えられるように主治医とケアマネジャーさんと家族との決めごと
をかわした書類を作ったりもしたが、あっけなくも利用者さんの希望を
家族はいとも簡単に覆してしまった。
症状が悪くなりこの土曜日頃から、意識が遠のきはじめてきた。
今まであまり、お母さんに関心を示さなかった姉妹が突然
「苦しそうな顔のお母さんを見ているのが可愛そうやから救急車を呼んで
下さいと折角日曜日なのに駆けつけてくれた主治医に嘆願して様です」
先生は意識が無くなっているから何も処置をしなかったら、そのまま
逝ってくれると判断した様ですが、「私が駆け付けると先生が来てくれても
何もしてくれないし、家族もこれ以上介護出来ないので救急車を呼びました」
って言われた。
嫁いだ娘にとって母親の存在は気になっていても深くかかわりが持てないのが
現状かもしれない。
母親にとって手塩にかけて育てた娘は可愛いものだし、病に倒れたら
介護をして欲しいものかも知れない。
でもおやの介護も子育ても同じ思いが必要なのかも知れない。
私が思うは、一生懸命子育てをした代償が介護に反映するのではと
思うようになった。
震災後市役所で相談窓口をしていた時、年配のお母さんと娘さんが
お見えになった。
家が壊れ長年母と一緒に暮らした家の建て替えを考えているが
資金のめどが立たないとの事でいた。
私は一人娘で大切に育ててもらったので母にお返しをしたいのです。
母は、将来娘に面倒を見て欲しいので大切に育てましたとの事。
そのことを聞いて、私も一人娘だし、将来娘に介護をしてもらいたい
だったら元気なうちから娘を大切に育てないと私が年をとって動けなくなった時
ほったらかしにされてしまう。
そのような思いに駆られた。
その事がきっかけで私は娘を大切に育ててきたつもりです。
子育てと介護は同じの様な気がする。
ディサービスの仕事を通じて色んな人間性を見つめる事が出来た。
娘がママって大切に介護をする人や、毎日曜日母親の顔を見に来るだけで
何もしないで帰って行く人やいろいろの家族形態を見た。
寝たっきりになった親の介護は24時間目を離せないかもしれないが
急に急変したら病院に入れてしまうのが本当に良い介護なんでしょうか、
人間尊厳って何なんでしょうね、自分たちの生活もあるから、もう倒れそうになった
から病院に入れてしまう、そんな事で親のたっての願いを無残に打ち砕いて
良いのでしょうか、
子育ても、夜泣きしたら寝ないであやしたり、ミルクを飲まして育ててもらったのに
その恩をすっかり忘れてしまうのなんて許せない。
主治医は一言
ぽつりと言った。「日頃世話をしない人に限って人の心を踏みにじってしまう、侵害だ」って、解る、許せないでもそれが現実なのかも知れない。
ここの生活を大切にしてかないと今の状態を存続出来ない、
仕事を休んでまで親介護をする余裕がない。
すべての余裕を今の社会では生きていけない。
こんな社会に誰がしたのでしょうね。
見送ったのが一人も出なかったのが自慢だったが
そろそろその自慢が敗れかかって来た。
先月自宅で倒れ腕を骨折した利用者さんが力尽きて
入院をしてしまった。
一時気力が出てきたと思い、思わずハグをしてあげたのに
結局は尽きてしまった様だ、というより家族が根をあげてしまったのが
現実です。
以前から死ぬのは自宅でと強い希望があり、らくとしては出来る限り
利用者の想いを受け入れ、往診出来る先生にお願いをしたり、その方の
希望が叶えられるように主治医とケアマネジャーさんと家族との決めごと
をかわした書類を作ったりもしたが、あっけなくも利用者さんの希望を
家族はいとも簡単に覆してしまった。
症状が悪くなりこの土曜日頃から、意識が遠のきはじめてきた。
今まであまり、お母さんに関心を示さなかった姉妹が突然
「苦しそうな顔のお母さんを見ているのが可愛そうやから救急車を呼んで
下さいと折角日曜日なのに駆けつけてくれた主治医に嘆願して様です」
先生は意識が無くなっているから何も処置をしなかったら、そのまま
逝ってくれると判断した様ですが、「私が駆け付けると先生が来てくれても
何もしてくれないし、家族もこれ以上介護出来ないので救急車を呼びました」
って言われた。
嫁いだ娘にとって母親の存在は気になっていても深くかかわりが持てないのが
現状かもしれない。
母親にとって手塩にかけて育てた娘は可愛いものだし、病に倒れたら
介護をして欲しいものかも知れない。
でもおやの介護も子育ても同じ思いが必要なのかも知れない。
私が思うは、一生懸命子育てをした代償が介護に反映するのではと
思うようになった。
震災後市役所で相談窓口をしていた時、年配のお母さんと娘さんが
お見えになった。
家が壊れ長年母と一緒に暮らした家の建て替えを考えているが
資金のめどが立たないとの事でいた。
私は一人娘で大切に育ててもらったので母にお返しをしたいのです。
母は、将来娘に面倒を見て欲しいので大切に育てましたとの事。
そのことを聞いて、私も一人娘だし、将来娘に介護をしてもらいたい
だったら元気なうちから娘を大切に育てないと私が年をとって動けなくなった時
ほったらかしにされてしまう。
そのような思いに駆られた。
その事がきっかけで私は娘を大切に育ててきたつもりです。
子育てと介護は同じの様な気がする。
ディサービスの仕事を通じて色んな人間性を見つめる事が出来た。
娘がママって大切に介護をする人や、毎日曜日母親の顔を見に来るだけで
何もしないで帰って行く人やいろいろの家族形態を見た。
寝たっきりになった親の介護は24時間目を離せないかもしれないが
急に急変したら病院に入れてしまうのが本当に良い介護なんでしょうか、
人間尊厳って何なんでしょうね、自分たちの生活もあるから、もう倒れそうになった
から病院に入れてしまう、そんな事で親のたっての願いを無残に打ち砕いて
良いのでしょうか、
子育ても、夜泣きしたら寝ないであやしたり、ミルクを飲まして育ててもらったのに
その恩をすっかり忘れてしまうのなんて許せない。
主治医は一言
ぽつりと言った。「日頃世話をしない人に限って人の心を踏みにじってしまう、侵害だ」って、解る、許せないでもそれが現実なのかも知れない。
ここの生活を大切にしてかないと今の状態を存続出来ない、
仕事を休んでまで親介護をする余裕がない。
すべての余裕を今の社会では生きていけない。
こんな社会に誰がしたのでしょうね。
2010/07/14のBlog
[ 20:01 ]
[ 私の独り言の部屋 ]
[ 19:16 ]
[ 私の独り言の部屋 ]
今年で鈴虫の孵化を初めて何年になるでしょうか、
以前川西のディサービスの見学に行ったら鈴虫が
きれいな声で鳴いていたので「鈴虫を飼って居られるのですね」っと言うと
持って帰られますかってケースに分けて頂いた。
それと飼い方も教えて頂いた。
何でも興味持つスタッフのNさんは、年寄りを飼うのも難しいのに
鈴虫まで餌をあげたり、水をあげたりで楽しみを見つけてしまった。
それが病みつきになり、ひと冬をこしてしまった。
最初の年は自分が座る食卓テーブルの下でかごを置いて
時々水が枯れない様に水の補給をしたりしていると
土の中に白い卵が見え始めてきた。
5月の下旬ごろから芥子粒の様な虫がマットの上に這い出してきた。
それからは、うじょうじょと虫が湧いて出てきた。
もう餌をあげないと、共食いをしてしまうので鈴虫の餌と、鰹節、水を
やる大変な作業が始まる。
私は見るのが好きだけど、飼うなんてとんでもない
鈴虫の鳴き声を聞くと癒してくれるが、餌やり、は嫌。
その子たちが7月12日に鳴きはじめました。
Nさんはわが子の様に「鈴虫が泣きだした」って報告してくれた。
昨年は、地域のお祭りで鈴虫を売っているが小さすぎて
雄か雌か分からないので、買って買えたのに鳴かないって
クレームが有った。
今年は、Nさんは気合いが入って、自宅のガレージで越冬させてくれたのが
功をなした。
良かった。今年はカセットテープのうその鈴虫の声を流さなくても
大きな顔で売る事が出来る。
以前川西のディサービスの見学に行ったら鈴虫が
きれいな声で鳴いていたので「鈴虫を飼って居られるのですね」っと言うと
持って帰られますかってケースに分けて頂いた。
それと飼い方も教えて頂いた。
何でも興味持つスタッフのNさんは、年寄りを飼うのも難しいのに
鈴虫まで餌をあげたり、水をあげたりで楽しみを見つけてしまった。
それが病みつきになり、ひと冬をこしてしまった。
最初の年は自分が座る食卓テーブルの下でかごを置いて
時々水が枯れない様に水の補給をしたりしていると
土の中に白い卵が見え始めてきた。
5月の下旬ごろから芥子粒の様な虫がマットの上に這い出してきた。
それからは、うじょうじょと虫が湧いて出てきた。
もう餌をあげないと、共食いをしてしまうので鈴虫の餌と、鰹節、水を
やる大変な作業が始まる。
私は見るのが好きだけど、飼うなんてとんでもない
鈴虫の鳴き声を聞くと癒してくれるが、餌やり、は嫌。
その子たちが7月12日に鳴きはじめました。
Nさんはわが子の様に「鈴虫が泣きだした」って報告してくれた。
昨年は、地域のお祭りで鈴虫を売っているが小さすぎて
雄か雌か分からないので、買って買えたのに鳴かないって
クレームが有った。
今年は、Nさんは気合いが入って、自宅のガレージで越冬させてくれたのが
功をなした。
良かった。今年はカセットテープのうその鈴虫の声を流さなくても
大きな顔で売る事が出来る。
2010/06/25のBlog
[ 18:45 ]
[ 独り言の部屋 ]
今月3日、自宅で倒れて右腕の骨を骨折した利用者さんは
絶対に入院をしたくないの一点張りでギブスをして自宅療養を始め
昼間はらくを利用するという事で引き受けました。
でも三度目の骨折で心身ともに落ち込んでしまい生きる気力さえ
失ってしまってた。食事は取らない、水分も以前より少なくなり
歩く事も出来なくなるくらい落ち込んでしまった。
どうする事も出来なくて、生きる気力が備わってくるまで待つしかない
と自分に言い聞かせ、自分の力でやる気を出るまで見守りました。
でも、ただ見守るのではなく私の闘病の時沢山の人に励まして頂いた
事を話したりしました。
やっと、それが実りました。今日は昼ごはんもほぼ食べられました。
水分も取ってくれました。
リハビリもしてくれました。
実はリハビリの機械「足ふみ機」が出勤途中に資源ごみに出されていたのを
頂いてらくに持ち込みました。
かなり重かった。でもこれを使って座って
足ふみが出来る、そしたら、筋力が付く、と思い欲と二人連れでもちかえったのです。
これ、座って足ふみ出来るからしてみたらって言うと、一生懸命した。
しんどいと言いながら、ちらちら私の顔を見ながら足ふみをしてくれた。
そんなこんなで、今日は頑張ってくれた。
もう入院はしたくない、その一心で頑張った。
家まで送って「今日頑張ったんね」と言うと、「はい」との返事
握手しようと言うと、力強く握り返してくれた。
これで「大丈夫と確信が持てた」
長い暗闇のトンネルを脱出出来た気分で嬉しかった。
絶対に入院をしたくないの一点張りでギブスをして自宅療養を始め
昼間はらくを利用するという事で引き受けました。
でも三度目の骨折で心身ともに落ち込んでしまい生きる気力さえ
失ってしまってた。食事は取らない、水分も以前より少なくなり
歩く事も出来なくなるくらい落ち込んでしまった。
どうする事も出来なくて、生きる気力が備わってくるまで待つしかない
と自分に言い聞かせ、自分の力でやる気を出るまで見守りました。
でも、ただ見守るのではなく私の闘病の時沢山の人に励まして頂いた
事を話したりしました。
やっと、それが実りました。今日は昼ごはんもほぼ食べられました。
水分も取ってくれました。
リハビリもしてくれました。
実はリハビリの機械「足ふみ機」が出勤途中に資源ごみに出されていたのを
頂いてらくに持ち込みました。
かなり重かった。でもこれを使って座って
足ふみが出来る、そしたら、筋力が付く、と思い欲と二人連れでもちかえったのです。
これ、座って足ふみ出来るからしてみたらって言うと、一生懸命した。
しんどいと言いながら、ちらちら私の顔を見ながら足ふみをしてくれた。
そんなこんなで、今日は頑張ってくれた。
もう入院はしたくない、その一心で頑張った。
家まで送って「今日頑張ったんね」と言うと、「はい」との返事
握手しようと言うと、力強く握り返してくれた。
これで「大丈夫と確信が持てた」
長い暗闇のトンネルを脱出出来た気分で嬉しかった。


