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くつろぎの家 らく ~(西宮)地域密着型デイサービス~
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2008/09/21のBlog
[ 20:17 ] [ 私の独り言の部屋 ]
25年振りの高校の同窓会、
10年間通いなれた学校に訪れました。

9時45分にノボテル甲子園ホテルに集合して
懐かしい母校の見学に行って来ました。
校門の中にバスが入ると、校長先生が出迎えてくれた。

昔のままの懐かしい校舎、木立、すべてが懐かしい、
校門をくぐったら目に入る木立は、すっかり貫禄が出て、
立派に成長していた。

私達が新校舎が出来てはじめての卒業生だった。
思い出すのは、毎朝登校したら、糠袋で廊下を磨いた。
決してさぼる人もなくせせっと磨いていた記憶がよみがえった。

校長先生が学校の説明をして案内をして頂いた。
私たちが高校に進級した時に新人教師で来られた先生
よく、ダミ声で怒っていた先生が校長先生になっておられた。

校長の説明で、「外観は昔のままで中はすっかり様変わりしてます。」
学校として生き残るために昔の理科コースは、
「スーパーサイエンスコース」に平成18年に文部科学省から指定されたそうです。

全国でまだ102校しかなく、女子高は初めての指定だそうな!

国際教育を身につけ、頭でっかちの女性に成長しても本当に幸せ
なんだろうか?

女性は女らしい気品を身につけている方が
幸せになるんのでは?

今日で二回目のショックをうけました。
一回目は、研究論文指導で、昨年度の卒業生が
変わりようでショックを受けていたのに、さらにまたショック
「能ある鷹は爪を隠す」って何処え行ってしまったのやら。
わたしは、年功序列って思っているのに
下手に頭でっかちになると、見境もなく攻撃的に威嚇射撃をする
あの態度は、去年と比べ物にならないくらいでかい、
論文を書きあげ、「ランAを先生からいただいた自信なの」、
でも、男から見たら「可愛くない」って言われそうな変わりよう
何を彼女をそうさせたのか、解らない、
その方から。先生に「笑顔が無くなったって言われた」って
平気な顔で言った。
いつか頭を打つ日が来る、自分が気が付くくまでそっとしとくしかない

そんな女性を作る教育が必要なんだろうか、
国際的視野に立つ女性養成学校、
これが、私学の学校の生き残る道だそうです。




2008/09/17のBlog
[ 16:03 ] [ 私の独り言の部屋 ]

一か月前、西宮でコミュニテー新聞、「ともも」を発行している事務所に
お伺いすると、楽しそうに4人が談義をされていて
何でも興味がある私は「何の話し合いですか」とお聞きすると
「今日は、狂言の御稽古だったので話をしているのよ」。っと教えて頂いた。
狂言って。「太郎冠者と次郎冠者とのかけ合いですか」って聞くとそうよって
教えてくれた。もしかして、世間を騒がせたかたがしてるのかなって
思ったりした。

どちらにしても楽しそうにコミュニケションしている。Tさんは、仕事以外の顔は
実ににこやかな素敵な女性です。

その中に、もの好きな私は、吸い込まれそうになった。
狂言の節回しが私の頭の中で流れてる、
子供の時から聞きなれた語り調子がなんとなく心地よい
響きで入ってくる。
琴も地唄で慣れ親しんだ音曲が詠みがって来た感じ、
能も狂言も歌い手と舞い手が共演するって感じ、
お腹から声を出さないと声が響かない、
私は、複式呼吸ができるので凄い声が出る、
カラオケに行くと娘は「おかあさん、声でか過ぎるってよく言われる位
でかい声が出る」
ぜんそくの持病があるので、狂言にチャレンジします。

「して見ようじゃ」何か真実味がないのでやります。
帰り道、ちょっとだけ覚えたふしを口ずさみながら歩いていた。

楽しい、また一つ嬉しがり屋のお楽しみができた。

2008/09/16のBlog
13.14日は大阪会館で、研究論文指導の講座に行ってきました。

田原先生の指導のリアリテイーのテーマで論文研究が始まって
もう9月になってしまった。

なかなかリアリテイーの意味が理解できなくて、
レポート提出の期日が来ても「ブーブーとリアリテイーの使い方がわからないので
書けないと文句」を言いました。

先生が言うリアリテーは過去と現在を比較検討し
共有し合える接点を見つけることだそうです。

認知症介護の中から、リアリテイーが見つけられないか
さぐって見たい、そのことを概要設計に書きあげて
発表しようとしても、うまいこと自分の思いを伝える事が出来なかった。
教授は認知症介護はもう一般化されているので
いまさら「何でそんなことにこだわるのかともいわれた」
らくの利用者の事例は、どこを探しても当てまる事例は見つからない、

介護認定者の家族の苦労は計り知れない現状を見ていると
何とか、糸口が見つける事が出来ないかと資料をいろいろ調べて分析
して見たい。と思っていても言葉に出せない、私は追いつめられると
口ごもってしまう癖がある。

その時です、
同席の昨年度の先輩が助け舟を出していただけた。
その方は、現在神戸大学の大学院に進まれて、やはり認知症の
研究論文に携わっておられる女性です。

「過去の文献を読みあさってその中に訴えたいものが見つかるのでは」
とアドバイスをいただいた。嬉しかった。

わたしは、介護保険が始まる前と、介護保険のない時代の介護の実態を
比較検討してみたいと思うのです。

昔は、何所帯同居で多所帯が同じ屋根の下で生活をしていたのが

有し合える接点を見つけることだそうです。
らか「当り前ではないのですよ」と言いたい。

大人になれば、別所帯になってしまい、親の介護は、他人任せになっている。
だれのおかげで「今のあなたがいてるのですか」と言いたい。
親の不安は誰もわかりません、でも、家族だったら不安を分かちあって
ほしいと願っているもんなんです。

昭和の時代にあって平成の時代で無くなってしまったもの
其れがリアリテイーなのかも知れませ。

そのようなことを調べる必要があるのか、そんなの研究課題になるのか
解らない、でも私の今殺伐とした時代に生きて行かねばならない者の
使命かも知れない。
古き良き時代を思い出して、失われていく人情をもう一度
介護の中で見つけていきたいと思い
あえて、難しい昭和、平成の家族構成の中から
家族の在り方を資料と本を読みあさり解読と分析をして
論文を書きあげたい。

年寄りは、愛する家族にみとられて、旅立ちたいとだれもが
願っているのです。
「誰のお陰で今のあなたがいるのって」って聞いたら、
「親だから当たり前でしょ」って言うのだったら
しっかりと軸足を立てて生きていきたいと
願っています。
2008/09/02のBlog
[ 17:53 ] [ 私の独り言の部屋 ]
光陰矢の如し、月日の経つのが早すぎる!!!!

先日、ピンク色の封書が送られて来た。
どこからか見ると、「祝!還暦!同窓会」と書かれている
「誰の事」って思ったが、それって私の事!
私は来年年明けには還暦になるのを忘れていたのです。

高校を卒業して何十年振りの同窓会、最近あるところで、声をかけられた
「私覚えてる」て声を掛けてく頂きました。

見覚えがあるようで思い出さない、そしたら相手の方が
私「高校の同級だったんですよ」っと言われてもまだピンとこない
[ごめんなさい、名前が思い出せませんが」って素直にお聞きすると
私は、「チビで前の方にいてたから覚えてないかも知れませんね」って
おしゃって旧姓を教えて頂いた、家に帰り卒業写真を見て
やっと思い出した。あああって感じ。そお言えば・・・・・・

今の私は、油を舐めて要るかのようにベラベラ良くしゃべるが
高校の時は必要以は口が重かった。口ごもるような感じで
流暢にしゃべれなかった。[だから余り友達もいなかった]っと
思っていたが、今回のように向こうから声をかけて頂いて
嬉しかった。子供の時は上下男に囲まれて、真ん中の私は
肩身が狭く、閉じこもれがちだった。
いつも一人で、好きな琴を弾いていた。

家にいるより琴のおけいこに行っている方が心地よかった。
母は厳しい人で、息苦しかった。
兄と弟は今で言う秀才で母の自慢の子供だった。
それにひっかえ私は、我儘娘で母の悩みの種

父親は、会社人間でいつもすれ違いでたまにしか顔を合わす事なく
過ごしていた。
今も、一人娘も独立して時々実家に帰ってくる。
子供の時から、一人でいたからさみしくない
でも、体の調子が悪い時は心細くなる、
「いつかお一人様になるから我慢しなくては」と自分に
言い聞かせながら過ごしています。

さて、同窓会はどんなにみんな変わっているか楽しみです。

2008/08/31のBlog
[ 03:06 ] [ 独り言の部屋 ]
昨日、雨が降っているにも関わらず宝塚NPOセンターに
マイパソコンを持って出かけました。

今までは、ブログの表紙はさっぷけいでしたが
ちょっと色気ぶきました。

御覧ください。これで誰がブログを書いているか
お分かりになったと思います。

顔写真が出ましたので、これからは、私の失敗談はほどほどに
しないと駄目ですから、しっかりとしますね。

これから少し賢いブログに書いていきます。