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きららの森のできごと
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2009/12/22のBlog
[ 00:34 ] [ きららの森のキッチン ]
兵庫県立一庫公園で、私たち「きららの森」が、毎月第3土曜日にさせていただいているイベント「きららの森のキッチン」。
里山の自然がいっぱいの公園で、大人も子どもも一緒に自然体験、ネイチャーゲームを楽しんだり、皆さんの健康を気遣ったお昼ごはんを作って、いただきます。

当日は、とっても寒い日!!
外に出たくなくなりそうな、ここ数日。そのためか、参加申し込み人数が、ひと家族だけ・・という、きららのキッチン史上最少人数!スタッフのほうが多い状態でのイベントとなりました。

でも当日、一庫公園のほかのイベント参加の方たちが9名も、お昼ご飯を食べにきてくださいました。急ににぎやかになり、嬉しい予定外のできごとでした。作っていた料理も無事、足りて、「おいしかったよ」と感想をいただいて、よかった~

今日は、冬至メニュー。柚子とかぼちゃを使いました。
★5分つき米ご飯

★水菜と白菜とおあげさんのすまし汁・・・私の能勢の実家の畑で採れた水菜と白菜。花型人参と大根も入れて。

★田楽・・・大根、豆腐、里芋、こんにゃく。 大根はゆっくり弱火で煮て、甘みを出します。里芋は蒸して。こんにゃくは、たたいて、塩もみ塩茹でと、丁寧に下ごしらえ。やさかの白味噌に柚子を入れて練ると、とってもおいしい田楽味噌ができました。

★ごぼうとにんじんと玉ねぎの煮物・・・ごぼうをじっくり炒めて、うまみを出します。玉ねぎも甘みを出すように炒めて、それからじっくりことこと煮ます。おしょうゆで濃い目に味付けして、今日のメニュー全体を引き締める味付けです。

★小豆かぼちゃ・・・私の実家の母が無農薬で作っているかぼちゃです。砂糖を入れなくても、甘くておいしい。

★青梗菜のおひたし・・・ひとくらクラブのHさんの畑の青梗菜。 写真のお昼ご飯のプレートは、青梗菜が入っていないので、緑の色合いが足りませんが・・。
無農薬野菜を使った料理で、これで350円は安いかも。
(このうち50円は緑化活動に寄付されます。)


子どもたちもは、小さな手で五平餅をつくり。
それから、こどもたちと山を歩きます。柴や枯葉を拾ってきました。
拾った枝を、早速、ノコギリで切ります。

寒いけれど晴れて、公園の澄んだ空気はきもちいい。
子どもたちは、公園の自然の中で外遊びを満喫したようでした。

今日は、きららの森の女性スタッフ3名、ひとくらクラブの男性スタッフ2名に、参加者のご家族とで和気藹々、でした。

娘が2歳の頃から始めた、この「キッチン」ですが、娘を抱っこしたり、息子が赤ちゃんの頃はおんぶして、続けてきました。
今思えば、ちょっとしんどい時期もあったけれど、
今は、娘も息子も私から離れて、子供同士でなかよく元気に遊んだり、ひとくらクラブのお父さんたち(子どもたちから見れば、おじいちゃん世代)からいろいろ学んでいる姿を見ると、「ここのスタッフを続けてきてよかったなぁ~」とつくづく思ったりしました。
(松尾かおり)
2009/12/13のBlog
[ 15:05 ] [ きららの森の学校 ]
12月12日、恒例のりんごろうそくが猪名川キャンプ場で行われました。
どの大人もテキパキよく働いて下さって、あっという間に礼拝堂がりんごろうそくの庭に
早代わり。キッチンからは早速美味しそうな匂いが漂い、屋外ではいつものようにカセットコンロの上でみつろうが甘い匂いを立てています。
 授業の合間に子どもたちはめいめいろうそくを作り、りんごの芯をくり貫き、そのりんごをピカピカに磨きます。お母さんたちの作ってくださった、心と身体が喜ぶ美味しい食事をいただいたら、いよいよりんごろうそくの庭に入ります。
それまで外でサッカーやバスケットボールやなわとびや野球で元気に遊んでいた子どもたちも、真っ暗な部屋に入ると自然に静かになってきます。今年初めてのニングルのお話を聞き、真ん中のろうそくに火が灯ったら、ひとりずつりんごろうそくを持って緑のうずまきの中を歩いていきます。
 音のないのもいいかもしれませんが、今年もやっぱりここでライアを奏でました。ライアの音は耳の聴こうとする範囲を広げてくれるような気がします。即興で子どもたちの動きを見ながら明るい調子のメロディをつなげていきました。空間の静けさに役立っていたら嬉しいです。
さて、全てのろうそくがついたところで音楽クラスの発表です。
今年は1・2年生はふだんやっていることを見ていただくことにしました。
笛を習い始めた子どもたちが、まず音の高さを聞き分けられるよう、小鳥になって練習してきました。真ん中の音(A)が聞こえたら小鳥はまっすぐ横に伸びた枝に止まります。
高い音(E)が聞こえたら空高く飛び上がります。低い音(D)が聞こえたら地面に下りて
エサを食べます。それから、「かりかりわたれ」の歌を音の高さに合わせて鳥がはばたくように動かしながら歌いました。そしてその歌を笛で吹きます。1年生は最初と最後のフレーズだけ、2年生は全部を吹きます。みんな真剣に一生懸命吹いていました。
子どもが真剣になると、凄い集中力を発揮します。ほれぼれする瞬間です。
 3年生以上のクラスは、ペア・アルボムという人が作ったリズミカルな勇ましい曲を歌いながら登場です。手拍子・足拍子も入り、次にはジャンベ(アフリカの太鼓)とクラベスも加わっての合奏になります。歌をリコーダーに替え、打楽器と一緒に力強く演奏します。このリズムは音が伸びる所だけリズムを細かく打つという単純なルールなのですが、意外と難しくいい練習になります。次は去年練習していたドリア旋法を使った中世のクリスマスの曲「アレルヤ」を、やはり歌と笛で演奏します。合いの手に打楽器が入るのがポイントです。今年は二人の男の子が交代でジャンベとクラベスを担当し、打つタイミングを真剣にねらって見事に打ってくれました。最後に私とひとりのお母さんに手伝っていただいて、子どもたちのオスティナートに2声の旋律をつけました。華やかになったところでおしまい。出口でひとりずつ手づくりのプレゼントをいただきます。
再び小雨の降る中、外で元気に遊ぶ子どもたちでしたが、彼らの中に何か残るものはあるのでしょうか?残らないはずはない、と私は思います。都会に近いのにこんなに自然な環境の中で、1年で一番日の短い冬至の季節をこのように味わい、両親の暖かいサポートに支えられて、きららの子どもたちは幸せもんだな~とつくづく思います。
願わくば、世界中の子どもたちがこんなふうに幸せにクリスマスを迎えてられますように! 今年もありがとうございました。

 (中務 理美)
2009/11/27のBlog
[ 20:15 ] [ きららの森の学校 ]
《高学年クラス》
 この秋からは「生命の曲線美」をテ-マとした様々な制作を試みています。生命感あふれる躍動。その感覚は東洋美術にはよく表れていますが、不思議なことに西洋美術ではなかなかお目にはかかれません。西洋では早くから自然を客観的に、または「もの」として認識し描くことに意識を向けてきたことが一つの大きな理由だと考えられます。しかし、私たちの自然を描写した美術にはいつも生命感が漂っています。それは私たちの文化が自然との親近感を保持し続けてきたからだと私は思っています。自然と共鳴する意識のあり方は今日特に大切になって来ていますが、それは元をたどれば、数万年前の人類が描いた洞窟画にも表れています。動物を描く時は、今日では西洋の見方(測る方法)で描きすすめていくのが一般的ですが(デッサンの描き方に表れている)、そうではなく、生命のうねり、生き物たちの躍動に焦点を当てて、ここでは制作を試みています。
[ 20:11 ] [ きららの森の学校 ]
《低学年クラス》
9月から12月までの4回シリ-ズで、お話『お釈迦様』を読み聞かせています。1回目は王子シッダルタが生まれ、出家するまでのお話を、2回目は森の奥深くの木の根元でマ-ラ(悪魔)の誘惑に耐えながら修業し、悟りを開くまでのお話をしました。写真の絵は子供が描いた「出家するシッダルタ」です。裕福な家元で育ったシッダルタは、外の世界でさまざまな苦しみ、悲しみの中にいる人々に出会います。出家を決意した彼は、月の輝くある夜、家族には内緒で家来に白馬を出してもらい、城を離れます。途中の川で体を洗い清め、粗末な服に着替えて、一人森の中へと消えていきます。
2009/03/07のBlog
[ 12:55 ] [ きららの森の学校 ]
《低学年クラス》
 低学年では、秋から冬にかけて『聖フランシス』のお話を4回シリ-ズで行ってきました。それは、旅に出た青年期から、自分の使命を見出し、病人や貧しい人々のために働いた中年期、そして肉体が衰えてこの世を去っていく老年期という流れに沿ったものでした。12月の造形クラスは、その最後のシ-ンをお話しましたが、そこには、老いというものに肉体的には敗北していきながらも、精神的に満たされた、美しい老人の姿が描かれています。視力が衰え、耳が聞こえなくなり、体も自由が利かない彼は、森の中にたたずむ小屋の前に座り込んだまま、じっと周りに意識を向けています。彼は両手を広げ、空高くに輝く太陽、頬をなでるそよ風、花の香り、涼しい影を運ぶ雲、木々や小川、生き物たちのささやきを、まるで自分の兄弟姉妹のようにひたすら感じ取っている、そんな姿です。それは、老いを背負い、視力を失い、暗闇の中に立たされているという不安を克服した、真実を見据える人間の姿、世界と一つになろうとしている、開かれた姿を感じさせます。と、こんなことを子供たちに理解させるのはまだ無理な話ですが、体が衰えて大変なのに、あらゆるものとお友達になって、幸せな笑顔を放っているおじいさんの姿はとても力強く、印象的なものだと思います。水彩では、画用紙の周りにフランシスのいろんなお友達、兄弟姉妹を置いていきました。「青はどんなお友達?」「青い空!」「海!」「黄色は?」「お日様!」「お花畑!」・・・。色同士が混ざり、新たな色が現われると、その色からまた新たなお友達を想像していきます。色からいろんなお友達が現われてきます。そんな世界のお友達に囲まれて、年老いたフランシスは杖を持って真ん中で立っています。
《高学年クラス》
 11月に行った『ナイル川と古代エジプト』のお話は、1月、2月と更に深まっていきました。古代エジプトと言えば、やはりピラミッドやファラオが思い浮かびます。これらはテレビなどでよく扱われているテ-マですが、このクラスでは取り上げませんでした。私が思うに、ピラミッドやファラオというテ-マには「巨大さ」「権力」というものがあると思います。もちろん、当時、それだけの文明が築かれたことは驚きですが、子供たちにはそれよりもっと大切なものに目を向けてもらいたいのです。当時の人々にとってファラオとピラミッドが全てであったわけではありません。もっと大切なものがあったはずです。それは、当時たくさん建てられていたであろう「神々のための神殿」に表れています。
ナイル川流域に住む人々は、毎年決まって起こる洪水、つまり自然のリズムに従いながら、壮大な大地の恵みを得てきました。彼らにとって自然の力、その自然の中でたくましく生きる野生動物の持つ力は、そのまま神々の力を表していました。ですから地域ごとに様々な神々を大切にしていたわけですが、そんな神殿の暗い奥の部屋には、様々な動物の頭を持った神々の像が大切に祭られていました。
授業では、子供たちに神殿の100分の1の模型(といっても結構大きいです)を見せて、その壮大さを感じ取ってもらいました。神殿はピラミッドほどではないにせよ、かなり巨大です。そしてその中に入り、神の像に近づくことが出来たのは、特別な神官かファラオだけであったと言われます。ファラオは神々と人々をつなぐ仲介者だったのです。「巨大」「ファラオの権力」。これらは精神的世界とのつながりの上で初めて意味をなすものだったのでしょう。
子供たちが制作した「雌ライオンの神様」は、荒ぶる自然の破壊の力を象徴し、伝染病などを引き起こしたと言われています。人々はその力をなだめようとしていたのでしょうか。もうひとつ、子供が制作したのが「雄羊の神様」。粘土をこねて万物を創造した、生命創造の神であり、この神様は、ある時期から女性のおなかにろくろを仕込んで人間の創造に任せたと言います。

細井信宏