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みずたまメリーのシゴトグラフ
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2007/04/13のBlog
4月13日(金)15日(日)
神戸市灘区にある
「原田の森ギャラリー」にて展示会をしております。

主催は「ぷちぱんそー」という絵画教室で、
このこども絵画展は今年で30周年になります。
障害者の放課後支援としての絵画教室も行っており
美術教育から青少年育成、障害者アート、まちづくりの分野まで活動の幅があります。

僕は昨年より、この絵画教室で
商品企画やアートディレクションに関わっており
ここの影響も大きく、
自分の目指す分野は「ひとづくり」「教育」
「コミュニケーション」なのだと
意識し始めたのでした。

元サディスティック・ミカ・バンドのキーボード奏者であり
音楽プロデューサーの今井裕さんが
今回の活動に加わり、メインテーマである
「SOUND GARDEN」を作曲していただいた事で
今回は「音」がおおきなキーワードとなりました。
今井さんは人柄も素晴らしいですが
めっちゃおもろい典型的な大阪のおっちゃんです。

15日(日)には3時よりメイン公演として
藤田佳代舞踊研究所によるモダンダンスと
てんとうむし音楽隊
Redog ユースオーケストラ
の公演が行われます。

14日(土)は10時より
アニメーション作家K.Kotani氏にご尽力頂き
クレイアニメーションのワークショップを行います。
(親子で参加 当日受付 参加費¥500 制作ビデオプレゼント)

また、ギャラリーの正面屋外にて
大阪成蹊大学芸術学部とAB+C projectメンバーによる
ペインティングワークショップ

●メイン展示は
絵画全般 版画 立体造形 陶芸
インスタレーション展示 映像作品 などなど

●ワークショップは
ドールハウスづくり
オリジナル帽子&ペイント
塗り絵、お絵描きコーナー
ファブリックアートコーナー※ などなど

で、僕の事務所スタッフ(みずたま荘メンバー)と
芸工大のみっくすさいだーの子たちで
※ファブリックアート をやります。

とにかく、切って縫って切って縫って
しますわ
2007/04/08のBlog
[ 00:22 ] [ アート活動・作品 ]
多くは語りません

みんなみんな本当にありがとう
幸せです
大好きです

あったかさにつつまれた
一日でした

みんなの前で
あんなに涙が止まらなかったのは
初めてで

本当にうれしかったよ。
2007/04/03のBlog
僕の意識しているデザインのテーマは「コミュニケーション」です。
コミュニケーションは「情報の交換」。
そしてコミュニケーションするために、自分を表現するために「情報の変換」が必要になる。 と考えています。

例えば、ミュージシャンは"自分"を"音楽"に変換して表現する。
自分のもつたくさんの情報を、歌詞や音楽や楽器の演奏に変換し
変換された情報は「自分らしさ」として発信される。
これは、出来る限り過不足なく伝えきることが望ましいけれど。
受け取る側の経験や、価値観や、先入観や
いろんなことがからんで、その通りに伝わるということはまず、ない。
でも、だからこそ、面白いのだと僕は思うのです。

ところで、みんながみんなその人のもとに音楽を聴きにいく訳にはいかない。
だから、遠くに居る人に届けられるようにCDがある。
いつでも聴けるように、よりたくさんの人に届けられるように。

とはいいつつ、ライブとCDはまったく異質のものですが、
その違いも、また面白いんでしょう。

で、CDだけを見た人でも、その中身がわかるように
または、興味をもつように、
ジャケットやPVやウェブサイトをつくります。

ここで、音楽はミュージシャンのもとを離れた変換作業に入る。
つまり"音楽"をイラストや写真などの「ビジュアル」に変換して表現する。
色やかたちで表現する。

そしてそれを手に取ったり、検索したり、聞いたり、することは
ミュージシャンにとってのレスポンスであり、これでもって「情報の交換」が成立する。
コミュニケーション成立。
本当は、ライブに行ってその人と話す事ができれば、一番良いのかな?

でもまたその距離感も
いろいろあるから面白いのかもしれません。

今回「海南サンセット」のアルバムジャケットを担当しました。
大阪・神戸で活動中のインディーズミュージシャンです。
あとだいぶ前ですがウェブサイトも手がけています。

今回の音源もかなりヤバイ!
2007/04/01のBlog
[ 16:24 ]
遠回りをしたいといいながら、すぐそばのものばかり追いかけて
叫んだら負けだと言って、歌うってことでごまかそうとする。

誰かきてくれたらいいのにと、誰にも言わずに期待して
横殴りの群衆の隅で、書きなぐった曲をうたう。

思い切った事ができないからと、遠くの結果を目指し
どうしたらいいのと規則的な話をする。

とびちったゴミをよける人はいても、それを拾って戻す人はなく

年齢を言い訳に何もせず、年齢を権力に人をだまらせる。
理由をもとめて一年が過ぎて、目標を求めて半生がすぎる。

追いかける事が幸せなら、それは充実
あきらめないことに責任を押し付け、不幸だという人は多い。

あきらめも幸福の一歩には違いない

救済というおせっかいは氾濫し、
ほったらかして食べ物を腐らせるひとが溢れる。

時間ばかり削る毎日には 内容のないやりとりが必要で
内容はないのに、いいとか悪いとか決めつける、という傾向。

良く知りもしない世間を批判して馬鹿にする事ばかり考えて
自分が馬鹿にされていることも知らない。

判断である。
人間は、判断に躊躇するから、可能性が生まれる。

いっぱいいっぱいの可能性

僕の幸せは、そんなところだろうか?
桜の開花にはに似合わない文章だけれど
僕は、思った事をがまんできないで毎日過ごしてしまうのである。
2007/02/25のBlog
こんにちは、メリーです。

先週神戸クリスタルタワーで講師をしました「仕事講座」
たくさんの方にきて頂いて、本当にありがとうございました、

メールやお名刺をたくさん頂いたのですが、
まだ、返信しきれていなく、大変申し訳なく思っております。
気長に待って頂けますでしょうか??すみません。

僕の話は、すごく抽象的なんです。
感覚的な事をことばで表現しようとすることが多いので
どうしても、無理がありますが、
でも、できるだけ「ニュアンス」を伝えるために、
細かい言葉を大事にしているつもりです。

しかし、内容どうこうではなく、あの場所に来て頂いた、という事が
すでに、何か日々の生活にうねりを生み出したのではないのでしょうか?
僕自身、講師としてしゃべるという目的の為に
自分の考えを何回も整理することで、
たくさん新しく理解できた事がありました。
ヤングジョブスポットさま、ありがとうございました。

講義の中でもふれたのですが、
湊川商店街の神戸パークタウン2Fで
お店をプロデュースしました。
神戸芸術工科大学が行う「湊川プロジェクト」のひとつとして、
人と人がつながるお店&スペース を提案しています。

お店ホームページ

お店では、学生さんと神戸の作家さんの作品を中心にスタート
そこから広がって行く人脈で、自由に置いて頂きたいと思います。
買う側の視点から、売る側の視点に立てる場として考え
僕なりの味付けでお店の雰囲気づくりをやりました、。

ぼくは、こういったプロジェクトにおいて、
自分の周りにいる20歳前半のひとたちを積極的に関わってもらっています。

学校にいる、または卒業をしたけれど、目的が見つからなかったり
やりたい仕事がみつからない。
僕の周りは芸術系のひとが多いので、作家を目指す人達もいます。
僕は、彼らに「猶予期間」を与えてあげたいと思っています。

僕を含め、個性個性と、学校ではうるさく言われた世代には
やりたい事がたくさんあります。
たくさんある、いろんな道がある、自分らしく生きろ。
個性をどう育むのか、そんな教育方法が漠然としたまま
希望だけもたされて、結果社会にでれば、
個性なんて必要ないと言われることもある。
学生気分で仕事はできない、と言われる。

はたしてそうかな?

学生気分だからこそ、できる仕事も存在するのでは?
仲間がいて、なんでも出来るような気になれる。
しんどくても、笑い合える。
毎日いろんな話をする、新しい事にどん欲になれる。

言葉だけ並べたら、それはただのクサい青春なのかもしれないけど
そこにあるような無尽蔵のエネルギーを僕はあまり見た事が無い。

それが、あたらしい「仕事」のスタイルになりうるかもしれない。
その可能性を簡単に摘み取るのもいかがなものか?
宝くじは、買ってみてから夢を語ろう、
ということで、それをつくってみたのです。

お店番はみんな僕がらみの人達なので
こられた際には、お気軽に声をかけて下さいませ。
2007/02/11のBlog
はじめまして。
デザインの仕事をしています、メリーといいます。

本日は晴天デスカ? ずっと閉じこもってるのでわからない。
まあいいや、別に天気がなんだって…

そんなふうに思いはじめたら、ぐっと毎日は退屈になってしまう。
先日、引っ越しをしました。ベランダが少しだけひろくなりました。
なんとか椅子がおけるぐらいに。
朝起きて、ベランダで、コーヒーを飲みます。

あー今日は雨…嫌だなあ出かけるのに。
あー今日は晴…嫌だなあ家の中で仕事なんて。

という風に、結局良い事なんてなくても、
天気を見ないでどーでもいいや、よりも。
天気を見てから、なんかしら思う事、はきっと大切なんだと思う。

今週末の16日の金曜日
神戸駅近くのクリスタルタワーというところで講師をします。
「私らしい仕事講座」
自分のやりたい事はなにか?自分らしい仕事ってなにか?
そんな事についてしゃべります。
受講料は無料。ご好評につき、まだ、定員に達していませんので、
もしよろしければ、お立ち寄り下さいませ。

詳細はこちら、お電話などで
ヤングジョブスポット神戸さんに、お申し込みください。
http://www.ehdo.go.jp/hyogo/yjs/shigotonin/index.html

しかしながら、
大学を卒業したとき、自分のやりたいことなんて、なーんにもなかった。
そんな僕がはなせることは、
やりたい事があった人とは、少し違うのかも知れません。
そんな話の続きを聞きたい方。

ぜひ。
 
2007/01/03のBlog
[ 00:15 ] [ みずたまメリーのメモ ]
うちの事務所の社訓。
「ただしいことをカッコ良く」
「いつまでも学生気分でいいと思え」
「ゆるくかまえてガッツリ生きる」

僕といっしょに泥舟に乗ってくれたり
イバラしかない道を歩いてくれる
そんなみんな。

僕は、みんながいるから
今日も幸せです。
2006/12/15のBlog
[ 00:13 ] [ みずたまメリーのメモ ]
僕ね、理屈っぽいんです。
実はめっちゃ理系なんですよ。
だから、「説明できない」ていう状況にブチあたると
すぐイライラすんの。
そう、実はすっごい短気やの。
でね、そういう風にイライラすんのが嫌やから
証拠とか、原因とか
どうしてそうなるのか。
どうしたら説明つくのか、とかにね。
むっちゃくちゃこだわってしまう。

例えば言い争いになると
いいとか、悪いとかじゃなくて
どうして言い争いになるのか
なんでモメなきゃいけないのか、その原因はなにか
そういうのがすごく気になって
ケンカを長引かせたりしてしまう事もある。

老荘思想にはこういう言葉がありました。
「知るものは言わず、言うものは知らず」
「善者は弁ならず、弁者は善ならず」
と。

僕も、いつも気をつけてはいるけれども、
とにかく人はすぐ
「でないといけない」とか
「にしたほうがいい」とか言う。

極端な事を言うと
「このラーメンうまいからくってみろ」
というのは、本質的には
あまりにむちゃくちゃな注文である。

どうしてそれが「うまい」と言えるのか
あなたのうまいと、僕のうまいが同じだと
どうしていえるのか、なのだ。

ちなみに普段からそんな事は思わないよ。
でも、「考えて」しまう。

あるひとが、自分の経験をもとに、こうしなさい、
という事が、すごくむちゃくちゃな事だと
いつも思うのである。
この場合の経験とは
作業の方法やノウハウではなく、人生経験だ。
それを、話して聞かせることは
すごくいい事だと思う。

「僕はこうだったから、このやり方が一番いい」
「一般的にこういう風になってるからこうして」とか

それは、すごく邪魔です。
それを聞く事によって
若者は、こどもは、あたまが濁るんだ。
やめてほしい。

じゃあ、僕の意見が正しいか?
そんなことないだろう、と僕はいつも自問自答する。
だからせめて自分を疑ってほしい。

人ひとりの経験は、そのひとの経験でおわり。
人は、1本の道を生きて、死ぬ。
その道のりを見せる、聞かせる事はおおいにしてほしいが、
道をだれかに食い込ませてはいけないだろ。

あなたと同じやりかたで、
ぼくが幸せになれるというなら
その証拠をしめしてくれ。

みんなよくこうしたら楽だとか
こうしたら安心だというけど

すくなくとも僕にとって「幸せ」である事は
「納得できている」事とイコールだ
んでもって
幸せはやってくるもんじゃない、つかみとるもんだ。

という僕も、相当傲慢だなと
やはり思ってしまうニョロ。
2006/12/14のBlog
[ 00:11 ] [ デザインワーク ]
デザインてなんだ??
ぼくはデザイナーだと名乗るのが苦手である。
デザイナーが蔓延しているし
どんな仕事ですか?

結局また説明する事になるからである。

んで
考えていたら
また新しいひとつの答えがでた。

「デザイン」とは考え方ではないのか。
「デザイナー」なんて
そもそも存在しないのではないのか、ということである。

つまり、
新しい事を考え出したり、
物事をスムーズにまとめたり、
キレイに見せたり
おもしろく見せたり

「どういう風に伝えるか」という
伝達方法のしくみやノウハウが
デザインではないのかな?

LEGOとおんなじ。
砕いては組み立てる
組み立てるたびに
新しいものをつくれるひと

例えば、めっちゃわかりやすい
授業をしてくれる数学の先生、
名監督・名コーチと言われるひとたち

こういうのを「デザインセンスがある」
というのではないだろうか?

様々な知識を持ち出して
いろんな事にたとえたり、
言葉や図をたくみに使って
重要な点をシンプルに伝える
なるほど、と思わせる。
これが「デザインという考え方」じゃ
ないのかなあ

だから、デザイナーってのはいなくて
「デザインに長けている体育教師」とか
「デザインに長けているミュージシャン」とか
「デザインに長けている医者」とか
そういう捉え方の方が
いいんじゃないのかなあ とか
思った。

そして僕は、
そういう人を育てることを
これからやっていくのだと思う。

ところで。
この日記をみているたいていの方が
友達なのにも関わらず
ある意味教え子なのにも関わらず
僕がいったい何の仕事をしているのかわからないと
みなさん言われます。

そんなあなたに朗報!
「ヤングジョブスポット神戸」
★神戸の私ごと人シリーズ
「しごとのモヤモヤ解決講座私らしく働くということ」
講師をする事になりました。

2007年2月16日(第3回目) 夕方6時8時
JR神戸駅徒歩5分です★詳しくは↓
http://www.ehdo.go.jp/hyogo/yjs/event/pdf/200612YJS.pdf

モヤモヤしている方はぜひお越し下さいませ。
2006/12/08のBlog
[ 00:06 ] [ みずたまメリーのメモ ]
今日友達と普通にメールをしていて
「生きているのはタダだから、どうせなら楽しく生きよう」
と送ろうとして、やめた。
なんか、とても不謹慎な気がしてしまったからである。

生きているのはタダか?それとも対価と引き換えなのか?

僕たちは、たいてい「お金」があることを
前提として生きている。
であれば、生きるためには、
食事をするためにはお金がかかる。
ただ寝ていては死んでしまう。
人工呼吸器や人工透析を行っていたら、当然タダではない。

命をつなぐことが「生きる」ことなら、
タダでないことは明らかだ。
でも、なんで僕は「生きる事がタダだ」って
言おうとしたのか?

それは
生きている事が、楽しいと思ったから。
むしろ、金を払っている以上のものが、
生きている事で得られている、と思う。
でも、生きたくても、
何かが邪魔をしている場合があるから、
簡単に言っちゃいけないんだ、と思った。

でも、だからこそ、死なないでほしい。
ありきたりな事を言うけれど、
世の中には、いや、日本だけでも、
あなたの家のすぐ近くにも。

生きたくても生きたくても、
命をつなげない人がたくさんいるのだ。

みんな、なんでそんな簡単に言うんだ?
病気ぐらいで自分は長くない、とか言うな。
生活が楽しくないぐらいで、生きる意味がない、とか言うな。
そして、
最近報道されるみんな
なんで、なんで、本当に死んでしまうのか。
死ぬぐらいなにかがんばれば、
なんとでもなる。
だから、生きてよ。
死ぬぐらいなら、ひとりぼっちでも、学校にいかんくても
いいんじゃないか?もっと他の生き方があるんじゃないか?
それを探すのも面倒くさいってんなら
もっと不謹慎だと思うけど
言いたいです。

死ぬんだったら、本当に意味がないんだったら、
その分意味を感じている人をいきさせてほしい。

わかんないけど、正直そう思う。