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宝塚今昔物語
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2007/04/01のBlog
宝塚は、武庫川が生んだまちといえます。
武庫川の右岸に宝塚温泉ができ、その後、左岸に宝塚新温泉が誕生。
両岸が競うように発展し、宝塚の市街地を形成していきました。

また、六甲と長尾の山系にはさまれた武庫川は宝塚の地で平野部に進出するため、大水が出たとき、流路が定まらず氾らんを繰り返していた。このため、武庫川の流路の整備が明治に計画、大正、昭和と実施されていきました。
整備の中で多くの土地が生まれ、この土地が都市としての宝塚の発展の基盤となっていったのです。
2007/03/26のBlog
私にとっての宝塚

その1 
 「宝塚市は面白いまちだ」

 門前町でも城下町でも、また宿場町でもない。
 「市」の形成という面からは、創り上げられたまちとでも分類すべきだろうか。
 明治になり、都市への集積が始まったころは、まだ、現在の市域には1万人を超える程度の人口しかなかった。
 しかし、明治の終わりから、急速に整備されたインフラにより、急激に発展する。

この絵葉書は、明治の終わり頃の宝塚の風景。手前には湯本町の温泉街が、
そして武庫川を挟んで新温泉(後のファミリーランド)が見える。
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