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2012/02/06のBlog
[ 19:56 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成24年2月6日(月)
場 所 芦屋公民館
講 師 片岡利博氏(神戸松陰女子学院大学教授)
 私達は古典文学の最高峰と言われる「源氏物語」を、通常は
印刷された本で読んでいます。
 しかしこれはその後の人たちが書き写したもので、紫式部が
書いたものは1行たりともありません。
 突き詰めれば「源氏物語」は本当に紫式部が書いたものかと
いう疑問すら出てくるわけですが、これについては一応同人の日記等で証明されているようです。
 また常識として54帖から成っていると理解していますが、「無名草子」(1200年頃:王朝物語を批評した書)では60巻とも記載されているとのことです。
 最も古い写本は、1225年に藤原定家が書き写したもので定家本と呼ばれ、4帖(花散里・柏木・早蕨・行幸)のみ現存しているとか。
 その他、河内本・尾州河内本・大島本・明融本等がある由ですが、いづれも内容は若干異なっているとのことで、これは ①写し間違い、②意識的な書き換え、③内容を簡略化・・・したこと等によるものだそうです。
 当時は著作権もなかったので、原本を改作することは日常的に行われており、清少納言などは、「元のとおり写すのは無能力者のやることで、原本をより良くするために書き換えるべき」と言ったとか。
 私達が今手にしている「源氏物語」は、「定家本+大島本+明融本」がほとんどであるとのことでした。
2012/02/03のBlog
[ 19:56 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成24年2月3日(金)
場 所 宝塚東公民館
講 師 吉村 稠氏(園田学園女子大学名誉教授)
 3・11(東日本大震災)が起こる40年以上前に「三陸海岸
大津波」という本を書かれた作家がいました。吉村 昭氏です。
 氏は生前、毎夏三陸海岸の田野畑村へ家族旅行するの
が習わしで、断崖美につつまれた小島で漁師鍋を楽しんだとか。
 それだけ現地に密着していたため、その地形等から地震や
津波の災害に、早くから関心を寄せていたようです。
 前述の著書で、貞観11年(西暦869年)の大地震から明治29年の大地震までの主な災害を調べられていますが、なんと三陸沿岸は5~10年毎に大きな被害を受けていました。
 それでも地元の人々は、ここに住むことに固守しています。
 それは、ここの海が多くの恵みを与えてくれるところであることを知っているからです。
 氏は警告として、「気象庁等関係機関は、この種の世界の情報を出来るだけ正確に、出来るだけ早く伝えるべき。」としており、これは地球の反対側で起こった昭和35年のチリ地震で、津波による大きな被害を受けたことからも当然と思われます。
 地震や津波は自然現象であり、今後も果てしなく反復されるであろうことから、地元では海(=生活)を守るために災害に対する認識と防止施設にさらに力を注いでいくことでしょう。
2012/01/27のBlog
[ 19:40 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成24年1月27日(金)
場 所 池田泉州銀行講堂
講 師 水野正好氏(大阪府文化財センター理事長)
 当時第25代武烈天皇に子供がなく、先代の仁賢天皇や先々
代の顕宗天皇にも男子がなくて皇位継承に苦慮していました。
 そこで重臣の大伴金村が手をつくして、第15代応神天皇の
五代孫を見つけ出したのが、後の継体天皇です。
 継体天皇は当初即位を固辞しますが、国の大事であり大臣を
はじめ皆が懇願したので、ついに天皇になることを承諾いたしました。
 因みに「継体」とは、「国体を継いだ天皇」という意があるそうです。
 継体天皇は、即位時すでに57才と高齢であって妃も子もいましたが、手白香皇女を皇后に迎え、幸いにも男子を授かることができました。
 ただ男子1人では後継に心もとなく、既婚の妃も含めて皇妃を8人(目子媛・稚子媛・広媛・麻績皇女・関媛・倭媛・苐媛・廣媛)置き、総計21人(男子:9人、女子:12人)の皇子・皇女を得て危機を脱します。
 結局 継体天皇は531年に82才で亡くなり、目子媛が産んだ安閑天皇~宣化天皇を経て、手白香皇后との皇子が第29代欽明天皇として即位し、長期政権を樹立いたしました。
 継体天皇は越前から来たため、地方豪族の子孫ではとの説もあるようですが、天皇家は「万世一系」であり、確固たる系図でもってこの説を退けているようです。
2012/01/26のBlog
[ 21:55 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 平成24年1月26日(木)
場 所 ベガ・ホール
講 師 高村 薫氏(作家)
 人は本を読みます。
 この「本を読む」という行為で、私達はどのようなメリットを
享受できるのでしょうか。
 氏は読書をすることで「お金も儲からない」し、たいていの
場合「たいした知識も得られない」、したがって生きていく
うえで特に役立つことは少ないと断言されました。
 しかし、人はそれでもなぜか本を読みます。
 それは読書によって、次のようなことが言えるのではとのことです。すなわち・・・・・
 ・未来や未知のことを想像することが出来る。
 ・人格や価値観、人生観を形成することが出来る。
 ・元気や勇気をもらうことが出来る。 等々です。
 また読書は筋書きの楽しみのみならず、日本語の美意識を作る言語空間にひたれる効果もあるとか。
 正しい読書の仕方というものは特になく、その人個々に内容は異なりますが、ただそれがその後の生活観の違いに表れてくるのも事実なようです。
 読書体験は、育った環境にも左右されるとのことでした。(写真はベガホールの内部)
2012/01/22のBlog
[ 19:42 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成24年1月21日(土)
場 所 プレラホール
講 師 鳥越皓之氏(早稲田大学教授)
 今という時代は「開発・成長」から「定常・成熟」の時代への
節目であり、これは明治以降~昭和の終りまで続いたいち
時代が終焉し、少しずつ変化してきている現状であるとか。
 かつて江戸時代中期の享保の頃(大岡越前守の時代)と
よく似ているとのことで、当時は庶民を配慮した小石川療養
所が開設される等、庶民が良いと思われる施策が行われていましたが、同時に増税もありました。
 いましも税と社会保障の一体改革が叫ばれ、増税と社会保障の充実が行われようとしていることがオーバーラップいたします。
 このような「定常・成熟」の時代には一般市民の役割は大きく、「開発・成長」路線がまだ残っている中でのチェック機能をはたさねばならないようです。
 世の中の状況変化は、一般市民や地方はある程度認識されてきているようですが、肝心の政府は先を見失っているようにも見えます。
 そこで一般市民としましては、「市民の活躍(・・・によるネットワークづくり)」「市民からの意見具申(行政の発想を超えるもの)」「コミュニティから教えられる市民(正当的周辺参加)」が重要で、これらが自治体をそして国を動かす原動力となって、環境にもやさしい新しい豊かさを生み出すものであるとのことでした。
[ 17:24 ] [ 生活・社会 ]
日 時 平成24年1月18日(水)
場 所 人と防災未来センター
講 師 永松伸吾氏(関西大学社会安全学部准教授)
 災害後の被災者の雇用として新潟県中越大地震や中越沖地震
では地元の業者の色々な組合が参加して弁当プロジェクトの仕事
が生まれ成果をあげ被災業者の復興を後押ししたと説明があった
 これらがCash for Work である。すなわち、被災地域の復旧・復
興に関する仕事を被災者自身が行い、その対価を支払うことを通
じて被災者支援を行う仕組みで被災地の復興の促進と被災者に収入と尊厳を確保することである。
 失業対策事業とは異なるとのこと。
 CFWセンターは国・被災自治体より民間企業へ復旧・復興関連業務の発注後ハローワークでは無理である求人等の労働供給のマッチング、労務管理、被災地市場のモニタリング、基礎的な職業訓練を行う。
 東日本大震災で国の緊急雇用対策として「日本はひとつ」しごとプロジェクトフェーズ1と雇用創出基金に「震災対策分野」の追加がされて雇用創出基金事業を活用した「震災対策」の事業例の説明があった。
 今後のCFWの課題として①失業給付切れを見据えた追加的雇用創出ー被災地に消費の場を創出する必要、②雇用の質的向上(やりがいの確保)、③地域経済復興に向けた総合的対策、④CFWを通じた再就職支援・技術向上ーNPO・ボランティア・地域コミュニティとの連携、⑤「西日本大震災」に備えてCFWを災害対応のしくみとして、次の大震災でも迅速に発動できるようにする等の説明があった。
2012/01/21のBlog
[ 20:28 ] [ 環境・健康 ]
日 時 平成24年1月21日(土)
場 所 兵庫栄養調理製菓専門学校
講 師 北元憲利氏(兵庫県立大学教授)
 特に東日本大震災後は放射能の汚染問題等もあって、食の
安心・安全に関心が集まっていますが、この時期 食生活の
健康障害も心配ごとのひとつと言えましょう。
 食の健康障害とは、①食中毒・②経口感染・③食物アレルギー
を言います。
 まず①については、「飲食物そのもの及び器具・容器・包装を介して体内に侵入した食中毒菌や有害な化学物質などによって起こる健康障害」と定義されており、患者数は70~80人/日に上ります。
 最も多いのはノロウイルスで貝やカキ等から、次にサルモネラ菌で鶏卵や肉類から感染します。
 ②ですが、これには細菌性(腸管出血性大腸菌等)とウイルス性(ノロウイルス等)があり、生レバーやホルモン等の汚染によるものの他、井戸水やプール等でも感染します。
 ③については、人は胎児期からの戦いで、そのため母親の食生活も微妙に影響してくる由にて、その原因の食物は鶏卵・乳製品・小麦等や魚類ではエビ・カニ等、野菜ではピーマン・ナス・トマト等だそうです。
 なお、食中毒防止の『3ない原則』とは、「菌をつけない。(手や食器等の洗浄やダイニング等を清潔にする)」「菌を増やさない。(新鮮なものをスピードよく食する)」「菌を生かさない。(加熱・殺菌を行う)」であると締めくくられました。
2012/01/18のBlog
[ 21:21 ] [ 歴史・考古 ]
日時:平成24年1月17日(火) 午後の部で実施。
場所:明石市男女共同参画センター
主催:(財) 兵庫県芸術文化協会
講師:茨木一成氏 (日本歴史学会会員)
 藤堂高虎は、外様大名ながら徳川十七将に数えられています。
身長は約190cm、体重約110kgの当時としては恵まれ
すぎた体を持っていました。主君を七回も変えていることから、
当時は不義理者として不当に評価を落としてしまいますが、
主君を裏切った事はなく、自分を評価してくれた者には、それ以上の結果を出すように頑張りました。知勇兼備の将で、戦国時代の三大築城名人と呼ばれ、現代風に呼べば一級建築士になります。
 また、豊臣秀吉が没した後の時代を先読みした藤堂高虎は、いち早く徳川家康に接近して諜報役として働き、情報を集めて家康の危機を何度も救いました。そして、秀吉が没した関が原の戦いでは、豊臣恩願の武士でありながら徳川家康の東軍につきました。徳川臣からすれば功績十分で攻めるところが無い藤堂高虎に対して、「お前は主君をとっかえひっかえした不忠義者だぞ。俺らは譜代なんだぞ」と言い張ることしかできない。そのようなつまらない事が当時にはあったようです。
 律義で滅私奉公するのが日本人の良いところですが、今の若者には“古い”と一笑されてしまいますのが残念です。
2012/01/14のBlog
[ 21:13 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 平成24年1月14日(土)
場 所 フレミラ宝塚
講 師 田辺眞人氏(園田学園女子大学名誉教授)
 阪神地域は先史時代にはもう人々が住み始めていて、これは
埋葬品等の考古学資料から裏付けられています。
 先史時代とは、石器(仁川高丸遺跡等)・縄文(安倉遺跡等)・
弥生(五ヶ山遺跡等)・古墳(長尾山遺跡等)時代を言います。
 やがて古代に入り、大化改新によって律令国家の道を歩みだし
公地公民等が行われて「国ー郡ー里」の組織化が進んで、阪神地域にも川辺郡や武庫郡等が出来ますが、その後土地の私有化(荘園)が顕著となり、これを守るために自警団(武士)が誕生します。
 今年のNHK大河ドラマ「平清盛」では、武士は当初「王家の犬」とさげすまれますが、やがてその武士の棟梁・清盛は天皇に次ぐ位である太政大臣にまで昇りつめます。
 太政大臣は常設の位ではありませんが、皇太子と同格の位であって、因みに天智天皇時代には皇太子の大海人皇子に対して大友皇子が、また天武天皇時代には皇太子の草壁皇子に対して大津皇子が各々指名されており、歴史的に見ましてもたいへんな位であることが想像できます。
 ただ清盛は遷都に固守して福原(神戸)に都を移しますが、後の源頼朝(鎌倉幕府)や徳川家康(江戸幕府)は都とは距離をおく政策をとっていることから、ここに清盛の限界が見えるようです。
 なお、近々に平家(神戸)と源氏(川西)の手打ちが行われるのではとのことでした。
2012/01/13のBlog
[ 18:51 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 平成24年1月13日(金)
場 所 宝塚西公民館
講 師 辻 弘氏(兵庫教育大学名誉教授)
 イタリアはルネサンス時代に花開いた絵画・彫刻・建築物等を
辻教授の解説で、パワーポイントにより散策いたしました。
 ルネサンスと言えば何と言っても全体が美術館のような街、
フィレンツェでしょう。
 まず建築物では、花の聖母寺として名高い「サンタ・マリア・
デル・フィオーレ大聖堂」や未完成の「サン・ロレンッオ教会」等々をご紹介いただき、続いて美術館めぐりとなりました。
 ルネサンスの宝庫としてはやはりウフィッチ美術館で、ボッティチェリの「春」や「ヴィーナス誕生」、ダ・ヴィンチの「受胎告知」やミケランジェロの「聖家族」等をご案内いただきました。
 またアカデミア美術館では彫刻の大作「ダビデの像」(ミケランジェロ)を、サン・マルコ修道院ではフラ・アンジェリコ(フラは高僧の意)の「受胎告知(写真:一部分)」を解説いただき、ルネサンス芸術を満喫いたしました。
 さらに商業都市・ミラノでは、聖マリア・デレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」(ダ・ヴィンチ)を、バチカン市国ではシスチーナ礼拝堂の「最後の審判」や「天地創造」を、またサン・ピエトロ大聖堂では彫刻の秀作「ピエタ」(いづれもミケランジェロ)をご紹介いただき、しばし芸術の雰囲気を味わいました。
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