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2012/02/06のBlog
インドネシアの大学生7人が訪問、PAJAJALAN大学の日本語学部の学生さんたちです。ジャカルタからバスで4時間ほどのバンドンにあり、3年前に僕も訪れたことがあるのですが、日本語熱が高く、大学院生などは相当レベルの高い古文を研究していて、質問されても日本人の僕がたじたじすることばかりでした。今回訪れた大学生は、1ヶ月間ホームステイをして生の日本語に触れるのが目的のようで、「なんで関西なん?」「関西弁でええんか?」っていう気持ちになりましたが、せっかく関西を選んで来てくれたことだから、関西のええとこをいっぱい紹介して、交流を深めることができました。

僕の知り合いが、バンドンで「日本語学校」を運営しており、彼について僕もインドネシアに渡ったのですが、もしインドネシアに行きたい人があれば、非常に格安で楽しい旅ができますので、僕のところへ連絡ください。彼は年に3回~4回旅行していますので、なにからなにまで面倒をみてくれ、むこうでたくさんの大学生らと交流することもできますから、通常の海外旅行にはない魅力がいっぱいです。

 インドネシアへの旅の相談は 田辺まで(078-360-0016)
いま一歩の希望

 不登校・ひきこもり・中退者の学びの場、単位制通信高校「神戸自由学院」を設立して2年が経過しました。しかし、たとえば、多文化とことさらに言わなくても多文化があたりまえに生活でき、男女共同参画と言わなくても、それがあたりまえのくらしができるようになる日を待ち望むように、不登校も「不」がつかなくていい日が早く来ればいいなと思います。自由に学校が選べて、自由に学校が休めたら、不登校なんてコトバは必要なくなるのです。
 自分とちがう人を排除してしまう狭い心を捨てることができ、自分が生きていくのに他者が必要と感じ、自分と同じくらいあなたが必要なんだとだれもが理解できたら、社会は変わるでしょうね。いま東日本の災害のあと、多くの人たちがつながりのたいせつさを感じておられると聞きます。
 阪神大震災の時も、全壊したビルの瓦礫の下に取り残された少年の命を、たくさんの大人が力をあわせて救出できたときのあの感動は忘れることができません。これからも喉元過ぎればにならないで、ひとりのいのちをみんなで守る社会を育てていきたいと思います。みんなが、あともう一歩譲って、となりにすきまができたら、子どもたちの今ある息苦しさがなくなるように思うのです。
2012/02/03のBlog
今年は、デイサービス「はなみずき」さんと一緒に「もちつき大会」を計画しました。

餅をつく杵の音に合わせて声をあげるお年寄りの顔には笑顔があふれていました。手放しで喜ぶ様子に子どもたちも笑い出していました。

はじめての試みでしたが、お年寄りとフリースクールの子どもたちが一緒にお餅をまるめる様子はなんともほほえましいものでした。

お年寄りのなかには、「最近孫も足が遠のいて」と寂しがる方もおられました。一方フリースクールの子どもたちも核家族が多く、普段おじいちゃん・おばあちゃんと離れてくらしているので、盆と正月にしか会えないわけですから、両方によかったのではないかと自己満足しています。
2012/02/02のBlog
昨年度の統計では、小中の不登校生が13万人から12万人に激減?したと報告されていますが、子どもの自殺が増えています。

学校の状況がおかしいと思ったら、子どもの様子がへんだと感じたら、学校に相談する前に、まず子どもを家にとどめてください。もっと大胆に学校を休ませることです。

学校が休めなかったために自殺した少年を多くみてきました。
竜野市で自殺した少年の父親(中学教師)は、お会いしたとき「学校は休んでもいいんだよとインプットしておけばよかった。」と話しておられました。お母さんも教職、おばあさんも元学校の教師という教師の家庭では、学校を休むなんてことが許されないと少年は自覚していたのでしょう。これまで21年間フリースクールを続けてきて、自殺した息子・娘をもつご両親に何人もお会いしてきました。みなさん第1声は「まさか・・・」です。たしかに予想もしないことなのですね。

子どもの自殺は直線的です。
決して迷ったり、ひるんだりしません。いったん決めたら早いです。
決めるまで悩んでいますが、判断が早いから止めるのが難しいと思います。

決め手は、学校を休ませることです。学校側は、口がさけてもそんなことは言いません。去年まで小学校の校長をしていた僕の妹が言います。「なんとか学校で解決しようとするからね。手遅れになることも・・・。」あるそうです。

子どもを休ませて、両親が学校と話し合い、あらそうのでなく協力しあって、問題解決にあたることができたら、そして休んでいる期間も「学校側の事情で自宅待機」ということにしてもらって、通学扱いにしてもらうのです。まあ現実には、学校がそこまで柔軟に対応できる時代が来るのは、30年後くらいかなと思いますね。
とにかくせめて親だけは、敏感に柔軟に対応したいと思います。
2012/02/01のBlog

 フリースクールの高等部として生まれた「神戸自由学院」が兵庫県の教育委員会に高卒資格の取れる「技能連携校」として認可されました。県内では加古川の播磨西高等学院に次いで2校目です。

 いろいろなサポート校があり、僕ら阪神間のフリースクールのスタッフが1年半にわたって調査し、会議をし、実際に教育現場を視察させていただきました。不登校生にとって適切な進路を考える「進路相談員養成セミナー」も開き、定時制・通信制・専修学校・単位制・サポート校などあちこちの学校から講師を招いて説明を受けました。

 しかし、安心してまかせれる状況にはなく、不登校についても理解のない教育者が多いことにも気づきました。教室に入りにくい子どもたちの気持ちが理解できないというスタッフがいました。子どもが学校へいくのは当然の義務だという考えから抜け出せない教師たちに、どうして不登校の生徒の心が理解できるというのでしょう。とりあえずニーズに合わせて営利目的で、全国チェーンを展開する多くの通信高校に、本当の意味で子どもたちをあずけたくないなあと思いました。

 「安心して、まかせる学校がないね」というのがスタッフらの意見でした。

 「それならば自分たちで、小さくてもいいから、不登校生の側に立った学校を創ろう」と考え、それぞれが自分のフリースクールにもどって新しい取り組みを始めたのです。

 どうか、ネームバリューに動かされず、じっくり学校の様子を観察し、実際に通っている生徒の話なども聞いた上で、進路を決めてください。

 「神戸自由学院」はアットホームな学校です。少人数で、フリースクールの小中学生とも一緒にイベントや共同作業や表現活動を行っています。学習もできるだけその子の学力に合わせて個別指導を中心に行っています。こんなに自由にマイペースで学べる場所はまずこの辺りにはないと思います。ぜひ一度見学においでください。
スタッフ一同お待ちしています。

 神戸自由学院 代表 田辺 克之
2012/01/27のBlog

 雨宮処凛の「フリートーク」にでかけた。彼女が三宮の勤労会館にやってきたのだ。彼女がホームレスやニートの問題に取り組んでいる女性作家で、右翼から左翼に転向したふしぎな人物ぐらいしか知識がなく、野次馬根性丸出しで出かけた。「難民化する若者たち」について自分の足で歩いて聞きとりしたり、いっしょにデモをした体験からの話は、やはり強烈で、心ゆさぶるものがあった。かつて、70年安保のとき、ボクも山谷(東京都荒川区東浅草)というドヤ街に住んでいた。流れ者というより、脱キリストの道をさぐる漂流者であった。すぐとなりの玉姫公園で、フォークの神様「岡林信康」が「山谷ブルース」をがなっていた。1年2ヶ月、神戸に強制退去を命じられるまで、日雇い労働を続けていた。あるとき晴海ふ頭の沖の仕事で、出された弁当があたって、疑似赤痢になり、死ぬような思いをした経験がある。そのころの自分の合言葉が「限りなく底辺へ、辺境へ」だったから、1畳そこらのドヤ暮らしでも苦にはならなかった。しかし、山谷の日雇い労働者がつらいのは、夢がもてないことだろうなと思う。ボクは単に漂流していて、山谷は単なる止まり木でしかなかったが、多くの労働者はそうではなかった。東北などからの出稼ぎが多く、いつしか音信も絶え、故郷を亡くしたさみしい人たちだった。毎晩、夕方になると泣く老人がいた。理由があって、故郷へ帰れないのだ。みんなが、さみしい心と心を寄せ合って生きていた。それがいま、ドッとホームレスがふえていて、若年化していると雨宮さんは話す。さらにネット難民がどれだけいるか、政府は全く把握していないという。明らかに格差社会の底辺で、毎日死ぬか生きるかを考えながら暮らす人口が増殖していると。でも「死なないで」と彼女は語っていた。親に迷惑をかけ、このまま生きていても世間様の迷惑だと自分を責めて、責めて責めて死ぬのはもうストップしよう、人は例外なく存在そのものが迷惑なんだからと・・・ 

 雨宮さんと一緒に体験談を語ってくれた若い3人のパネリストたちの話も、心に染みるものがありました。みんなありがとう。ささやかながら、ボクらも手をつないで、生きてるかぎり人権と最低限の生活保障が得られる社会を夢見つつ、活動を続けていきましょう。
今日、田原さんの朝まで生テレビに、橋下徹さんが出演するそうです。コメンテーターに香山リカさんも出られるそうです。香山さんには、数年前のフリースクール創立際にきていただいたことがあり、その歯切れのいい話しぶりが気に入って、本も読んだりしているが、その彼女が橋下氏のハシズムと言われる改革にどうメスを入れるのか、教育委員会解体論にどうコメントするのか、じっくりうかがいたい。
2012/01/23のBlog
阪神間のフリースクール約10団体が集まり、午前はフットサル大会
午後からは、カレーパーティー、ゲーム大会、美容実演、麻雀大会、ボードゲーム
まあ蜂の巣をつついたような賑やかさで、さきほどやっと片付けが終了しました。
遠い人は、神崎郡から大阪や豊中や三田からもきていただき、盛り上げていただき
ありがとうございました。

いろんな子が不登校してるんだなと、お互いが認めあえたのかなと思います。まだ2回目なので友だちになるところまではいかないにしても、出会えたことが嬉しかったです。スタッフのみなさん、お疲れ様でした。

2回目の美容実演には、ちいさいかわいい女の子たちが、恥ずかしがりながら、にわかづくりの美容室の鏡の前に行儀よく座って、美容師のハサミの動きを神妙な顔つきでながめていた。


心のかぎりの愛のしずくの中で
未来をも夢見て
花咲ける今の心は孤独に打ちのめされても
わたしは芸術の盾を持って
もっともっと人間としてのぼりつめていきたい

宇宙の果ての果てまで
心の高揚にすがりついて
生きて生きていきたいと祈る

 (草間さんの詩より)

 大阪の美術館で83歳の草間さんの絵とオブジェと詩にであった
 つきぬける強烈な火花と虚しさが自分の中で
 ゆさぶられているような不安定な気分になった
 感動というのとはちがう感覚だった
2012/01/18のBlog
10年以上ひきこもる息子さんのいるお母さんや、10年近くほとんど家から出ない子の親御さんも来られています。3・11東日本の震災があっても、それほど変化はなかったみたいです。むかし、10年近くこもっていた小林青年(映画になりました)と対談したとき、もし地震でもきたら、家から出るかもと考えていたと話していましたが、東日本の被害は対岸の火事としか感じないのでしょうか。カラダが動かないだけでなく、心が動かないのでしょうか。よほど受けたキズは大きいのですね。
 ある当事者は「さっさと障害者手帳をもらったほうがいいですよ、親も安心するし」と言ってましたが、そうでしょうか?
 ある大学病院の思春期外来の先生が「最近は発達障害の診察の多くが、認定のための診察だ、やむおえないことだと思うが、すこしフクザツな気分になる」とつぶやかれてました。当然の権利とみるのか、そしてそこで落ちつくのか、ぼくらにはわからない。
 ひきこもりをしている多くが男性だというのはどういうことでしょう。男は社会に出て、金を稼ぐのが役割だという考えが強い人なのでしょうか?男性の主夫でもいいとは思わないのでしょうか?ひきこもる青年の事情・考え・プロセスはすべてちがうはずです。しかし我々は関係の中で生かされてるんだけど、今はその関係の糸が切れていたり、もともとつながりが弱いから、いのちが関係の中で育ち、成長していくことがわからないで、ひきこもりを続けているのでしょうか。
 たとえ支援しても、またぞろ自宅にひきこもるケースが多く、この社会を否定的にとらえているのでしょうか?生きづらい社会です。たしかにストレスが多く、平和にくらすことの困難を感じるのは、ひきこもりの青年だけではないと思います。
 さて、なにゆえのひきこもりでしょうか。当事者のみなさんが、もう少し語ってくれたほうが、理解が早いと思うのですが・・・・・・・・・
1月23日(月曜日) 11時~13時 

 ハーバーランドフットサルスタジアム

 一般飛び入り歓迎! 

 不登校の人で、サッカー好きな人はぜひ参加ください。大人もOKです。
 小学生~大人までの男女混合チームですから気軽にどうぞ!
 一般参加費 500円 当日 小雨決行 11時まえに集合です。 

 動きやすい服装と運動靴で来てくださいね。 
 連絡 神戸フリースクール 田辺 078-360-0016 

2012/01/16のBlog
伊丹の阪神NPOセンターさんに招かれて、楽しい集会ができました。
不登校やフリースクールについての話をしたのですが、学生も多く、いじめや自殺をテーマに語ったので、すこし暗すぎたかなあと心配してたら、一部の人から「最近不登校に関する講演が少なくて、ひさしぶりによかったです。」となぐさめられ、学生からも不登校生に対する考えがすこし変わりましたと言われ、胸をなでおろした次第です。少数者の話ですから、一般受けはしないだろうなと思いつつ、やはり不登校に関してしゃべるときは、つい力が入ってしまって、学校の先生も何人か来ておられたのに、遠慮なく学校批判・教育委員会批判をして、赤面したのですが、相手がどうあれだれが聞いていようと僕が話せることは、このことしかないと「不登校Okです」いや「学校は休んでいいのです」と力説してきました。

 その講演より盛り上がったのは、クラウン「どれみちゃん」のパフォーマンスでした。笑いと笑顔を提供する仕事はいいなとしみじみ思いました。

 さらに楽しかったのは、そのときアドリブで、ほんとに数分間で思いついたワークショップです。予想以上に会場が盛り上がり、講演の暗さを挽回できたように思いました。
 伊丹のみなさんは、ずいぶん積極的でした。気楽な気持ちで投げかけたワークショップのテーマに、ほんとうに真剣に取り組まれる姿に、僕のほうが感動しました。50名あまりの熱い集会は、がっちりなにかをつかんで帰ってもらえたように自己満足しております。
2011/12/27のBlog
不登校をマイナス評価しない

「どうしてこんなことに」と嘆かない
「まさかわが子が」と驚かない
「いったいどうすれば」と戸惑わない
「えらいこっちゃ」とあわてない
「学校を休むなんて、とんでもない」と興奮しない
「なにがなんでも登校しろ」と強制や暴力はさける
「とにかく病院へ」とあわてない
「どうしてなの?どうして」と追い詰めない

これらはすべて「学校へいくのがあたりまえ」という
制度を信じきった判断から起きてくる現象です

逆にプラス評価とは受容と理解である

「なにか原因があって休むんだろう」と冷静にうけとめる
「この子にとって、学校が楽しくない場所になっている」
「いま学校で不愉快なことが起きている」
「休むなんてよほどのことだ」
「身をひいて心をやすめるのは大事なこと」
「ゆっくり子どもの話を聞いてみよう」

高飛車な親の威厳を振りかざす態度ではなく
いまわが子を守れるのは親だけだから
学校信仰に慣れ親しんできた価値観も
いったん横において
学校でなにが起こっているのか
わが子が学校を拒否する本当の意味はなにか
じっくり子どもの話も聞きつつ判断していく

友だちとのこじれた関係や教師との関係について
子どもはていねいに話さない
いや話せないことが少なくない
だから黙る
あせった親は「黙ってたらわからないでしょ」と
がなりたてたりするが、逆効果だ
「すこし落ち着いてら話してね、ゆっくり聞くから」
と親がどっしりかまえることが肝心である

それまであまり親子で話し合うことが少なかった
家庭なら、とれをとりもどすいい機会である

原発事故のあと企業も政府も正しい情報を出さず
隠蔽してしまった
爆発の報道も遅れ、避難命令まで時間がかかった
これと同じことが学校でもくりかえされてきた

学校で起こったことをなかなか外に出さない
保護者に正しい情報が伝えられない
いじめや体罰も極力外にもれないようにされ
事件が起こって発覚するケースが目立つ

そんな密室のような学校で、耐え切れなくなって
「このままだともうだめだ」と自分なりに判断する
「自分がだめになる」「死ぬか休むかだ」と
子どもは考える

これが不登校の意味です
子どもは自分で自分のいのちを守ったのです
だから、不登校したわが子をほめてやってほしい
「よく死を選ばず、自分の命を守ったね」と

* こんな内容の講演と体験者のトークも交えて
 実施しますので、ぜひご参加ください。

 2012年1月14日(土曜日)午後1時半~
 会場 いたみホール(阪急伊丹駅すぐ)

 〈問い合わせ〉
 阪神NPOセンター (伊丹阪急駅ビル3階)
 072-780-1234 市民まちづくりプラザ
2011/12/21のBlog
昨日、神戸市内の中学校の校長と不登校担当教師がフリースクールを訪問。たまたまボクが外出しているときで、アポなしの訪問だった。2ヶ月前からフリースクールに通っている女子生徒の通学定期に関して、「母親が非協力的なので、経済的負担はわかるが、このような状況では通学証明を発行することはできない」と担当教師が言った、と応対したスタッフが呆れ顔で報告してくれた。母親の気持ちが頑なになっているのは、学校にも責任があるからで、それを省みることなく、非協力的だと断定し、見せしめのように通学定期を買うことを認めないなんて、まるでいじわるな悪代官みたいですとスタッフは悔しそうに話してくれた。

理由のいかんにかかわらず、これまで楽しく通っていた子が、とつぜん登校を拒否したのは、いじめや教師の体罰が原因しているのに、学校の問題を棚にあげて、母親の態度がダメだから認めないというのは、まるで子どものけんかみたいで、これが教育者の取る態度かと疑った。しかも他の不登校の生徒がたくさんいるフリースクールの受付での応対である。それを聞いていた中学生の男の子は「学校の先生は、なにもわかってないんだ。」と吐き出すように言い、他の生徒は「先生って、どこもあんなもんやで」となぐさめるように話していた。

楽しく学校へ通えたらいい、でも通えなくなった生徒に寄り添い、理解し、改善すべきところを点検してなごやかな教室の空気に変えていく努力をするのが教師の役割だと思う。行けなくなった子どもに追い討ちをかけるようなやり方では、母親だけでなく、子どもの心を固く、さらに気持ちが離れてしまうのに、そんなことぐらい理解できないのだろうか。20年前と変わらず保守的な対応がまかり通っている現実に憤りさえ感じる。
これは子どもの人権をないがしろにするものです。個性を認める多様な時代に逆行するものだと思います。これでいいのでしょうか、とりあえず教育委員会に問い合わせてみることにします。
2011/12/18のBlog
1年のしめくくりというか、感謝の気持ちで、子どもたちが保護者をもてなす
恒例の年末・忘年・クリスマスなどひっくるめたパーティーにたくさんの親子が
参加してくれました。1品もちよりで、いろいろな家庭料理がテーブルに並び
親も子もがつがつといただきました。にわかバンドの演奏があり、最後に
プレゼント交換をして、「今年はお世話になりました。来年もよろしく」と言ったか
どうか忘れましたが、楽しいひとときでした。
2011/12/16のBlog
恒例の下山手ゆうゆう広場でのもちつき大会!
近所のコメ屋さんが段取りしてくれるので、助かってます。

もちごめ、今年は無洗米を使うので、洗わなくていいそうです。
フリースクールの畑に、プロパンを2台用意してもらって
そこで米を蒸します。畑に蒸気があがるのはいいものです。

ああ、今年もここまでこぎつけたと、ちゃっぴり感謝の気持ちに・・・
きなこ、餅とりこ、よもぎ、あんこなどなど
みんな米屋さんが準備してくれます。
地域のお世話になりっぱなしです。来年もよろしくお願いします。

それよりもなによりも「あした天気にな~れ!!」

12月17日(土曜日)12時~

大根おろしでつきたてのお餅を食べたい人
雑煮がすきな人
あんころもちが好きな人
いっぺん餅をついてみたいと思う人も

近所のおっちゃん、おばちゃん、こどもたちも
みんな集まって、ぺったんぺったんやりましょう!
2011/12/05のBlog
今、ここにいる皆さんに、
福島の人は見えていますか?
私が見えていますか?

『参議院復興特別委員会 12月2日
福島県から北海道へ自主避難されている宍戸隆子さんが参考人として・・・

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=ajlb0XONPeQ#t=0s

ウィンザー通信12/3号を紹介します!

それにしても、政治家の答弁のお粗末なこと!
内容はともかく、人に理解してもらおと思てるとは思えん。
なんともわかりにくい、わかられたら困ると思てるのかと思うほどの意味不明さ。
いや、多分、こうやって誤摩化し合うて、お互いに適当にうやむやにやってきたんやろ。
こんなん相手に証言やら答弁やらせなあかんねんなあ。
答弁しても、要請しても、ひらひらとうまいこと受け流す連中を相手に……。

今回のことで、自分らがあんまり真剣に考えんと選んだ(真剣に考えようにも考える術がなかった)政治家が、日本にはウジャウジャしてて、
そいつらのせいで、もう無茶苦茶になってしもてることに気がついた。
今や行政も司法も、人殺しを平気でやるし、それをまたマスコミが助長してるねんから恐ろしい。
どんねん素晴らしても、美しても、放射能みたいな恐ろしいもんに汚染されてしもたとこには、人がおったらあかんねん。
そんなん、もう、何十年も前からわかってることやん。
いっぺん汚されたらもう、取り返しつかへんねん。
人間が作ったもんやねんからなんとかできる、とか思てるんか知らんけど、作ったもんに聞いてみ?知らんて言うし。

なあ、目を覚ましてぇな。
見えへんけど、なんも感じひんけど、空からとんでもない量のミクロの爆弾が落ちてきてん。
今見えてるもんはもう過去のもんやねん。
もう亡くなってしもてん。
死んでしもてん。
そんなとこにいつまでもダラダラおったら、死の世界に引きずり込まれるで。
その時は多分、想像もつかんほどに苦しむで。
自分はともかく、大事な家族が苦しんでんのを見ることになるで。
そんな地獄を経験したいんか?
もう充分地獄を見たんとちゃうの?
それよりもっと辛い目に遭いたいん?遭わせたいん?
逃げて!
一日も早う!
2011/12/02のBlog
こんばんは!またまたドレミです!!




今日の午後は神戸自由学院でショーをやってきました

ドレミの5周年ライブでもお世話になった神戸自由学院は、

私が不登校のときに通っていた神戸フリースクールの高等部




約5年間、フリースクールで過ごした時間があったから、

いまの私がいるんです




代表の田辺センセイやスタッフさんや元スタッフさん達は、

芸事を始めるずっと以前から私を知っているので、

ここに来ると「原点に帰って来た」って感じがします




今日もドレミ全開でショーができて嬉しかったぁですっっ

2011/11/29のBlog
不登校・・・佐和子の場合 神戸フリースクール 田辺 克之

学校が楽しい場所になればいいのに、と子どもたちはいつも考えている。朝起きて着替えをしながら、教室で今日起こるであろう出来事をイメージする。
佐和子(仮名)は、最近廊下から教室に入ろうとすると、身体が小刻みにふるえる。他人に知られたくないから、必死でふるえを抑えて教室に入る。いつもの席について、自分の自由な空間が机の周囲1メートルしかないことに気付く。男の子達はたわいもない冗談を飛ばしあって楽しんでいる。女の子たちは数人ずつグループになって、芸能人の話やテレビの話題に黄色い声をあげたりしている。どのグループにも属さず、佐和子はひとり静かに読書をしながら教師の来るのを待っている。お弁当を食べるのも一人だ。たまにふざけた男の子が、隣に座って、ちょっかいを出してきたりするが、無視するしかない。うざい。なにもかもが幼稚に見えて、早く1日が過ぎてしまわないかと何度も時計の針を見る。
教室のあのふざけた気だるい空気がたまらなくいやだ。身体のふるえの原因を佐和子はこの空気にあるのだと自覚する。終業のベルがなると、だれにも声をかけず、しずかに佐和子は教室を離れる。そんな毎日のくりかえしの中で、ふと佐和子は気付く。最近学校の中で笑ったことがないなと。私もそろそろ不登校かと自分に言い聞かす。きっと親は驚くだろうな、なにも理解できないだろうな、それが心苦しいと佐和子は思う。
 ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
佐和子は中学1年生のしっかりした女の子です。はじめてフリースクールに来たとき、不登校になった原因を聞くと、「男の子の悪ふざけに、つきあいきれなくなったから」と答えていました。上の文は、彼女が体験した教室の風景です。精神年齢の高い彼女には、男の子たちの遊びや会話が幼稚で野蛮に思えたようです。小学校高学年ぐらいから、ずっと耐えてきたので、もういいかなと決意したというのです。しかし、彼女が望むような、ひとりひとりの個性が豊かに保障される学び舎なんて、この広い日本のどこにあるのだろうと、面接をしながら考え込んでしまいました。すると、彼女が「フリースクールって、そんな所だと思って来ました。」と明るく笑顔で話し、まるで彼女から我々がめざすべき方向というかミッションを再確認させられた気がしました。そして、もし彼女を失望させるフリースクールなら、続ける意味がないんだと自覚させられました。
2011/11/25のBlog
 地域の子どもたちをあつめてワイワイ、がやがや

 紙芝居のおねえさん、なおこさんがくるよ~

 「こけこっこな日曜日」だよ~

 入場無料

 駄菓子屋さんもくるよ!!
村落の高齢化による人手不足から里山は放置され、枯れ木を拾う人も間伐材を切り出す人もなく、鬱蒼と茂った原始の森にもどりつつある。何百年にわたって人間が耕してきた農地が大きな森の精に侵食されていく。見た目は「緑豊かな大地」という感じだが、現実は、そんなのんきなことは言っておれない。人間と森が共生していくために、やはり放置すれば、限りなく農地は壊されていく。竹の根が張り、大木がひしめいて、もはや野菜や果実を実らすことのできない、手付かずの森に変身してしまう。森が悪いわけではなく、大切なものだが、原生林と共生することはできない。農地を開拓してきた農耕民族の努力をここで台無しにしてしまっては、長い開墾の歴史を塗りつぶしてしまうことになる。森に光と空気を送り込み、鬱蒼とした人を寄せ付けない森ではなく、人と共生していく親しみのあるやさしい森であってほしいから、これからも人間の努力が求められている。

 不登校の中高生が里山の間伐材伐採に汗を流してくれた。しばらく人が入ることのなかった森はなかなか手ごわい。切っても切っても光が射し、風が通る林にはならない。そして大きな森が畑に影をおとし、日光をさえぎり、野菜から太陽の恵みを奪ってしまう。ひ弱な野菜は森の妖精には手が出ない。どんどん畑に押し寄せてくる波のような森の力を微力ではあるが、すこしでもその侵食を食い止めるため、荒廃する里山の管理をぬかりなく進めていかねばならない。

 あらためて農業とはすごいなと思う。農地を守り、維持していくことのたいへんさをひしひし感じさせられた1日だった。
2011/11/22のBlog
11月21日 関西フリースクール卓球大会&交流会
 12時~2時半まで 阪神間のフリースクールが集結して、
 総勢33名で卓球大会が開催された。
 神戸市中央体育館の卓球台を借り切って、2時間半いい汗かきました。

 2時半には、神戸自由学院に集まって、カレーパーティー 

 食後、表彰会を行い、そのあと東京シューレの子どもたち制作のビデオ
 「不登校なう」を鑑賞しました。
 ビデオを鑑賞した男の子は「自分が受けたいじめを思い出して、いやな気分に
 なった」と話していました。だれでも嫌な体験は思い出したくないし、直視するのは
 つらいことです。でも、いじめる側の人たちは気付いてないことが多いので、あえて
 東京シューレの子どもたちが、自分のたちの不登校体験から台本をつくり、制作まで
 こぎつけたのだと思います。思い出したくもない、あってはいけない「いじめ」が、現実
 には、増加傾向にあり、まだまだ啓発活動の必要を感じます。
2011/11/19のBlog
ABCで毎週月~金 午後6時54分から放送されている「がんばれ元気ッズ」の番組に出演する神戸フリースクールの小さい人たちを取材にスタッフ3名がこられています。

今日は「たこやきパーティー」をやるそうで、高校生と小さい人たちは、まず買出しに行き、材料を購入し、さあ、粉をまぜるぞと意気込んでるところです。

最初の放送は28日(月)の夜だそうです。どんな映像になってるのかな??
2011/11/16のBlog
ほぼ神戸フリースクールと同じ時期に、京都でフリースクールを始められた元学校教師の山下さんが、毎月「わくせい通信」を送ってくださる。ほがらかな方で、子どもたちが自然に山下さんの近くに寄っておしゃべりしたくなるおだやかな主宰者である。文章もおもしろくて、ついひきこまれてしまう魅力があり、いつも感心させられる。

 もし興味のある方がおられたら、京都の鞍馬にちかい「わくせい学校」をたずねてみるのがいい。教えられることが多いフリースクールだ。

 「わくせい通信」199号が送られてきた。次は200号だなと他人事ながら感動する。
その中で、山下さんが「日の丸・君が代」について言及しておられる。

 『このことに関しては、国民の中でもさまざまな意見があり、子どもが国家と自分の間でどのような関係を取り結ぶべきかについて、たとえば国家シンボルに対する自分なりの考えをもてる環境が整っていないまま一元的な「のぞましい心構えや態度」「心のもちよう」などを一方的に身につけさせようとする学校での指導は、子どもの思想良心の自由という点で賛成できないというものもある。』

 このように、なんとなく避けて通りやすい難題にも誠実にむきあう真摯な山下さんの姿勢がいいと思う。

 また『 わく星学校は一人ひとりの人間の主体性を認め、子どもが自分で考えて自分で判断できる大人になれるよう支援していく場だ、そのために必要なのは、思想・良心に関わる問題について安直な「正解」をもとめず・・・・』 と文は続いている。

 たよりない子どもだけど、子どもの自尊心・主体性を十分に認め、自分から自分の意見がいえるよう後押ししている彼女の姿勢がうかがえる。フリースクールを運営していく上での「お手本」を示してくれているようだ。
2011/11/09のBlog
高塚門扉・グループ 生命の管理はもうやめて! 通信の発送作業!
ほぼ20年続いている20ページの冊子(季刊)折りこみ作業を中高生にまかせた。

「新聞屋みたいや」「バイト代は?」などなどすこしは不満をもらしながらも
せっせと手をうごかしてくれる。その作業を撮影していると、
「センセーも働こう!」と女の子から声がかかる。
「いや、こんな作業まで文句も言わずにやってくれる姿を保護者に見て
もらわないと」とボクが言うと、「下手な口実はいいから」とヤジが飛ぶ。

 1990年7月6日の晴れた朝、石田諒子さんは、いつものように自宅を出て、高塚高校に向かった。試験中で前夜も遅くまで勉強していて、登校がぎりぎりになり、門の見える直線道路は小走りで校門に向かった。しかし非常にもチャイムがなると同時に鉄の扉がしまり、ギリギリセーフのはずの彼女の頭が、鉄の扉にはさまれて、即死。彼女は帰らぬ人となった。

 1990年7月1日、それはフリースクールが産声を上げた日。その数日後にこの悲しい事件は起きた。管理教育の犠牲として、鉄の扉を記念碑として残そうという主張も却下され、いま高塚高校はまるでなにもなかったかのように、高校生は当時と同じように登校している。

 この事件を忘れないために、管理教育の行き着く先が『殺人』であることを記憶しておくために、我々門扉グループは、毎年校門前で同じ時間に追悼集会を開催している。この事件を風化させないために、保護者も教育者も今後脱線しないために、この事件を忘れてほしくないと思う。

 そんな内容の話を中高生にすると、不満をもらしていた子も黙々と手を動かしてくれ、あっというまに発送作業は完了。ごくろうさまでした。我々は、記憶するだけでなく、若い人に語り継ぐ必要があるのだと教えられた1日でした。
2011/11/08のBlog
フリースクールにも授業はあるのかと思われる人がいるかもしれませんが

 神戸フリースクールの高等部「神戸自由学院」で、中高生合同の授業がある

 今日は、元湊川高校の名物教師のぼりおさんの『文化論』だ

 社会と国語の教員免許を持つのぼりおさんに

 社会と国語をミックスした楽しい授業をしてください、とお願いして

 2年前の夏から、毎月1回続いている

 その他、元高校教師だった加藤さんの「我流世界史」も好評だ

 とにかく、学校の授業に辟易している子どもたちを

 笑わせたり、楽しませる授業をつくるのは、至難のわざらしい

 30年以上のベテラン教師たちが頭をかかえるほど難しいのだ

 これまでのありきたりな授業はなんだったのかとふりかえる

 子どもから学ぶというのは、こういうことかもしれません

 今日、のぼりおさんは「仏教のことば」についての授業でした

 十分準備されていて、子どもらも「今日はおもしろかった」と

 評価していました

 講師の先生、いつもごくろうさまです
2011/10/31のBlog
10月28日、午前9時子午線の町、明石を出発。
震災直後から始め、今年が17回目のウォーキングである。

コースは車の少ない歩きやすい道を選んで
トラックの多い175号線を避け、バイパスからはずれて
西区玉津から稲美町へ抜け、加古川へ
加古川べりをスタスタと、ある者はへなへなと歩きつつ
小野市内へ

小野研修センターまでおよそ42キロ
中高生はよく歩きました

小野で一泊して、リフレッシュ!
といっても重い痛む足をひきずりながら
2日目のウォーキング

コスモス畑で写真を撮ったり
たわわに実った柿をさわってみたり(最近の子は、柿ぎらいが多い)
一路西脇のゴール「へそ公園」へ
およそ25キロ
距離は昨日の半分ながら
疲れが残っている分、しんどさは変わらない

9時に出発して、午後3時には全員ゴール
65キロをおしゃべりしながら、ときには悲鳴をあげながら
よく完歩しました

今年も無事に「子午線ウォーク」を終了できました

これまでそんなに疑わずに歩いてきましたが
「来年も・・・」という気持ちにはなれず
もどってきました

さて、来年はだれが言い出しべえになるのやら
2011/10/23のBlog
名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟控訴審が来る12月5日、結審(最終弁論期日)を迎えます。

一審判決は、被害者らの60年にわたる苦しみを、「日韓請求権協定」があることを理由に形式的な裁判で、形式的な判断で片付けられたようです。当然被害者は控訴し、その結審が12月にせまっているというのです。詳細は以下のブログ参照。
また、応援メールを希望されています。 

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/47181f8505e561932e7ca6eab57c6bd6
 
 ボクは思う・・・・・・

 われわれは、きちんと歴史を習ってこなかった。
 戦時中、女子挺身隊というのが編成され、戦地に送り出された事実についても
 くわしくは知らない
 戦後65年も経つというのに・・・
 被害者はわが国の正義を問うているのだと思う

 「戦争だったんだから、なにが起こってもしかたない」で済ませていいのだろうか
 日本がおかしてしまった過去をきちんと学ぶ必要がある
 そこからしか国際交流が始まらない
 土台の腐った橋は渡れない 

 忘れ去られた被害者の救済は、われわれの責任です
 今ある繁栄や文化は、彼らの犠牲の上に築かれたものです
 2000万に及ぶアジアの人々の命が奪われた事実に対して
 われわれの国はどれくらいていねいに謝罪してきたのだろう

 「目には目を」「やられたらやりかえす」では、平和は望めない

 日本が統治していた植民地の実態について
 国民全体が認識できるような歴史の学習が必要なのでは
 ないだろうか、この国に良心を育てたいなら
 誤りはきちんと謝罪することからはじめるしかないように思う

 

 

2011/10/19のBlog
東京シューレの奥地さんを中心に「不登校新聞」が発行されて13年、名前もFONTEと改められ、今も毎月2回発行されている。以前は神戸フリースクールも「神戸支局」として販路拡張を命じられたが、あまりいい働きはできず、兵庫県内の購読者に大きな変化はない。しかし、いまも真剣に編集人らが、不登校の現実を見極め、あるべき教育の姿を発信し続ける努力には頭が下がります。ぜひ一度手にとってご購読ください。

 今回、10月15日号のコラム「かがり火」に書かれた奥地さんの文に、こどもの自死を防ぐ重要な手立てが書かれていたので、紹介します。

 (本文) 「・・・しかし、報道されただけでも、北海道・東京・鹿児島・三重などの各地で中高生の自死が相次いだ。これらのケースは、2学期の始まりやその前後に生じており、学校生活の開始がどれほどの苦しみであったかを感じさせる。そして、問題とされるのは、たいていの場合、「いじめがあった」「なかった」「隠している」など、いじめに焦点があてられる。しかし、自死を防ぐには、もっと重要なことがある。「学校は休んでいい」「行かない道もある」「学校以外でも成長できる」ということが、子どもに知らされていないことだ。どんなにつらくても登校するべきという価値観のもとでは、子どもは死ぬしかなくなる。学校へ行くことが最善の利益だとは言えないのだ。しかし、文科省の不登校政策は、「学校復帰を前提とする」であり、40年間変わっていない。民主党政権になって2年、不登校政策はほとんど前進していない・・・少数派の事情にまで手をつけるわけにはいかなかったのかもしれない。それじゃ困ると、私たちももっと声をあげようではないか。」

 民主党さん、どうか息苦しい思いで登校している子どもたちを忘れないでください。教育がこのまま変わらないかぎり、子どもの自殺はへりません。多様な時代には、多様な教育が必要なのです。いつまでも文科省が管理監督する一元化教育にこだわらず、自由教育を推進するフリースクールなども認める時期に来ていると思います。保守化、右傾化する教育に歯止めをかけ、民主主義が貫徹されんことを望んでいます。
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