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2009/12/08のBlog
[ 10:00 ]
[ そのほか ]
神戸サドベリースクールのブログが7月のより停止されていましたが、スクールのホームページ上のブログでは更新されています。
最近のスクールの日常については、スクールのブログをご覧下さい。
◇神戸サドベリースクール ブロク
http://blog.goo.ne.jp/kobe-svs/
よろしくお願いします。
最近のスクールの日常については、スクールのブログをご覧下さい。
◇神戸サドベリースクール ブロク
http://blog.goo.ne.jp/kobe-svs/
よろしくお願いします。
2009/07/09のBlog
[ 13:29 ]
サドベリースクールではとても大切な意味を持つミーティング。
子どもたちが自分の学びのための予算を通したり、問題が起こったときの解決、大きくは学校予算やスタッフの任免まですべてはミーティングで行われます。
これまで神戸サドベリースクールは、ミーティングは絶対参加のルールがありました。
ひとつはまだ人数が少ないということと、ミーティングの重要性をみんなでしっかり分かっていこうというものでした。
けれど、中には「ミーティングめんどくさいなぁ」という子がいたり、「興味がない議題だから、なんでも賛成」という時があったり。
そこである生徒の子から「ミーティングを自由参加にしてきっちり参加したい人でミーティングをすべき」という議題が出されました。本来あるべきカタチ、原点にもどろうという訳です。
それにともなって、これまで口頭でもOKだった議題の提出が議題用紙での提出になり、ミーティングのやり方も見直されました。
さて、自由参加のミーティングはどんな結果が出てくるんでしょうか。
子どもたちが自分の学びのための予算を通したり、問題が起こったときの解決、大きくは学校予算やスタッフの任免まですべてはミーティングで行われます。
これまで神戸サドベリースクールは、ミーティングは絶対参加のルールがありました。
ひとつはまだ人数が少ないということと、ミーティングの重要性をみんなでしっかり分かっていこうというものでした。
けれど、中には「ミーティングめんどくさいなぁ」という子がいたり、「興味がない議題だから、なんでも賛成」という時があったり。
そこである生徒の子から「ミーティングを自由参加にしてきっちり参加したい人でミーティングをすべき」という議題が出されました。本来あるべきカタチ、原点にもどろうという訳です。
それにともなって、これまで口頭でもOKだった議題の提出が議題用紙での提出になり、ミーティングのやり方も見直されました。
さて、自由参加のミーティングはどんな結果が出てくるんでしょうか。
2009/07/02のBlog
[ 13:27 ]
デモクラティックスクールを運営するというのは、その団体を民主的な関係からなる団体にするということです。
では、民主的な関係とはどういうことでしょうか?
その団体に関わる人同士が対等な関係にあるということでしょう。
でも、その「対等」というのが簡単ではありません。
制度上で対等にするというのは簡単なのです。
ミーティングで1人が一票をもち、誰にでも発言できるということにすれば、対等が実現します。民主主義という制度は成立します。
でも、それだけでは民主的な関係は実現しないでしょう。
対等な関係というのは、自分の言いたいことを言え、そして相手が言いたいことを言っても、自分が感情的に安全を感じることだといってよいでしょう。
この<感情的な安全>とは<感情的な対等さ>とも言い換えられます。
この<感情的な安全>は、単なる制度構築によっては実現しません。
<感情>というのは、その人の人間としてのあり方と密接に結びついてきます。
自分のまわりの世界や他人に対してつねに脅威と恐怖を感じている人は、他人に対して怒りと脅しを向けます。そういう人がいれば、たとえ民主的な制度が成立していても、周りの人が自由にものを言える空気にはなりません。
民主的な制度の団体では、ルールは参加者の合意によって成立します。
ルールとは人の行動を束縛するものです。その束縛するものが束縛とは感じられないためには、そのルールが自分自身が納得して受け入れたものだと感じていることが必要です。
しかし、それらのルールが関係者たちの恐怖の感情から生じていると、そのルールは民主的に成立しているにもかかわらず、人の行動を束縛するものと感じられるようになります。
ヒトラーの独裁を許したドイツの民主主義だけではなく、民主的に成立した恐怖政治は歴史の中で多く見られます。
個人的には、処罰感情から生じるルールは、恐怖の感情から生じたルールだと私は考えています。拷問や死刑に関する制度はそういうものです。
デモクラティックスクールはすばらしい。しかし、デモクラティックスクールという制度を採用すれば無条件にすばらしいものになるということはありえないでしょう。
デモクラティックスクール=サドベリースクールがすばらしいものになるためには、その団体の参加者が感情的な安全さと対等さを実感し、そこからルールを作らなければなりません。それは、その団体に関わる人たちの努力によって成功するものです。
その団体にそうした感情的な安全さがあれば、そこにいる人はその場にいることに居心地のよさを感じるでしょう。
居心地のよさだけがサドベリースクールの特徴ではありません。
でも、それが重要な要素であるとわたしは感じています。
そうした場の安全さが、まずスクールの充実であるということだと思います。
>>> ターボウ
では、民主的な関係とはどういうことでしょうか?
その団体に関わる人同士が対等な関係にあるということでしょう。
でも、その「対等」というのが簡単ではありません。
制度上で対等にするというのは簡単なのです。
ミーティングで1人が一票をもち、誰にでも発言できるということにすれば、対等が実現します。民主主義という制度は成立します。
でも、それだけでは民主的な関係は実現しないでしょう。
対等な関係というのは、自分の言いたいことを言え、そして相手が言いたいことを言っても、自分が感情的に安全を感じることだといってよいでしょう。
この<感情的な安全>とは<感情的な対等さ>とも言い換えられます。
この<感情的な安全>は、単なる制度構築によっては実現しません。
<感情>というのは、その人の人間としてのあり方と密接に結びついてきます。
自分のまわりの世界や他人に対してつねに脅威と恐怖を感じている人は、他人に対して怒りと脅しを向けます。そういう人がいれば、たとえ民主的な制度が成立していても、周りの人が自由にものを言える空気にはなりません。
民主的な制度の団体では、ルールは参加者の合意によって成立します。
ルールとは人の行動を束縛するものです。その束縛するものが束縛とは感じられないためには、そのルールが自分自身が納得して受け入れたものだと感じていることが必要です。
しかし、それらのルールが関係者たちの恐怖の感情から生じていると、そのルールは民主的に成立しているにもかかわらず、人の行動を束縛するものと感じられるようになります。
ヒトラーの独裁を許したドイツの民主主義だけではなく、民主的に成立した恐怖政治は歴史の中で多く見られます。
個人的には、処罰感情から生じるルールは、恐怖の感情から生じたルールだと私は考えています。拷問や死刑に関する制度はそういうものです。
デモクラティックスクールはすばらしい。しかし、デモクラティックスクールという制度を採用すれば無条件にすばらしいものになるということはありえないでしょう。
デモクラティックスクール=サドベリースクールがすばらしいものになるためには、その団体の参加者が感情的な安全さと対等さを実感し、そこからルールを作らなければなりません。それは、その団体に関わる人たちの努力によって成功するものです。
その団体にそうした感情的な安全さがあれば、そこにいる人はその場にいることに居心地のよさを感じるでしょう。
居心地のよさだけがサドベリースクールの特徴ではありません。
でも、それが重要な要素であるとわたしは感じています。
そうした場の安全さが、まずスクールの充実であるということだと思います。
>>> ターボウ
[ 13:25 ]
以下にサドベリー・バレーのジャーナルに掲載されていた卒業論文を紹介したいと思います。
これは、高校生になってからサドベリーに入学した(おそらく)女の子の卒論です。
おそらくサドベリーにいたのは三年ほどの短い期間でしょう。
しかし、この論文を読むと、サドベリーでの生活を通して、彼女(or彼)が自分で人生を選択するということを学んだことがよく分かります
最近神戸サドベリーでは、入学年齢の制限をなくし、4歳から19歳までであれば誰でも入学できるようになりました。多くの人がサドベリーで自分の人生を生きることを私たちは望んでいます。
訳はメンバー保護者兼スタッフのララさんと私です。
(ターボウ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ローレン・フォルツ 2009年5月18日
高校生活は私にとって毎日が闘いで、いつもいろいろなところで摩擦ばかり起こしていた。周りのみんなは一様に大学進学へ向かってせわしなく準備を進めていた。私の心の奥でも常に「将来」という言葉は止むことなく響いていて、「将来何になりたいの?」「いい大学に入らなかったら、人生は終わりね。」絶え間なく振りかかるそんな言葉に私は精神的に参ってしまって、ついには先のことで楽しみにできたことと言えば夕食で何を食べるかというぐらいだった。前に進むには心の整理も準備もできてなくて、一歩足を踏み出すことも怖くてできなかった。子どものような感情で私は「正しい」こととは全く反対のことをした。一日に6時間も教室に座っていることが耐えられなくなった。先生たちはまるで見下ろすように振る舞い、威張った感じで話しているように思えた。つねに学ぶように強制されていることに私はイライラした。勉強に集中することは高校ではほとんど無理だった。私は自分が誰かも分からなくなってしまった。
卒業するためには普通とは違った解決策が自分には必要だと分かって、その解決策を探し始めた。そこで見つけたのがサドベリー・バレー学校。この学校は子どもたちのためのユートピアのように見えるけれど、最初の数ヶ月は私はおびえていた。公立の学校のシステムが私の中に深く根付いていて、この学校が提供している自由にどう向き合えばいいか分からなかったからだ。とりあえず私が選んだことは、今までの学校でしていたこと―大嫌いだったのにもかかわらず―と全く同じ、授業を受けるということだった。けれど結果的に今までの学校と同じ-そこで見つけたのは「授業でうまくやれない自分」だった。
そんな日々を送っている頃、ダニーが私に近づいてきて、「ローレン、君はここで何がしたいの?」と聞いてきた。私は驚いた。そんなことを聞いてきた先生は今までいなかったから。「分からない」と答えた。「たとえば・・もし読書が好きなら・・・ただ読んだらいいよ。」そして次の年の間中、私は読書に没頭した。あらゆる種類の本を読んだ。ジョージョ・オーウェルのような古典的な作家からアリス・ホフマンのようなベストセラー作家まで。これらの本から私はたくさんのことを学んだ。いろんな文化や自分とは違う考えについて読んだり学んだりすることがとくに楽しかった。
読書したり、サドベリー・バレーのいろんな人たちとおしゃべりしたりして、たくさんの時間を過ごしたあと、私は考え始めた。「私は何になりたいのか?」「私の未来ってどんなもの?」。たった一年前には、「分からないし、どうでもいいわ」と思っていた。でも突然のことだけれど、私はそのことを気にするようになっていたし、自分の中には自信も生まれていた。ビジネスを学び経済的な自立を獲得したくて、私はブレイン美容専門学校に入ることに決めた。毎日サドベリー・バレーに通い、その後でブレインで夜間のクラスに参加した。長い時間の中で、自分にできることはもっとあるのでは、と思い始めた。何かがしたいという自発的な思いの下に行動する自分を発見して、驚くと同時にそんな自分を楽しんだ。ブレイン専門学校では、サロンに来たお客さんの髪を整えてカットする機会が生徒に与えられた。私にとって、それは大きな学びの経験だった。なぜなら、プロとしての環境で人と接する仕方を学べたのだから。ブレインでの筆記科目は容易に吸収することができ、試験では高得点を取ることができた。今まで勉強に対して失っていた自信を取り戻した。一年半ブレインで学ぶという目標を果たした後、ブレインを卒業し、美容師の免許を得た。
卒業した後で私は、自分が大学に行って、より高いレベルの教育を受け、自分が経験したようなことを経験している人を助けたいという思いがある。自分が経験した混乱を通して私はとても重要なことを学ぶことができた。今では、私は自分のストレスに対処することができることがわかっている。なぜなら、すでに多くのことを乗り越えてきたのだから。私にとって大学進学は自分の目標に到達するまでのひとつの手段であり、心理学を学ぶこと、そして臨床心理士になることも私の目標だ。
これは、高校生になってからサドベリーに入学した(おそらく)女の子の卒論です。
おそらくサドベリーにいたのは三年ほどの短い期間でしょう。
しかし、この論文を読むと、サドベリーでの生活を通して、彼女(or彼)が自分で人生を選択するということを学んだことがよく分かります
最近神戸サドベリーでは、入学年齢の制限をなくし、4歳から19歳までであれば誰でも入学できるようになりました。多くの人がサドベリーで自分の人生を生きることを私たちは望んでいます。
訳はメンバー保護者兼スタッフのララさんと私です。
(ターボウ)
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ローレン・フォルツ 2009年5月18日
高校生活は私にとって毎日が闘いで、いつもいろいろなところで摩擦ばかり起こしていた。周りのみんなは一様に大学進学へ向かってせわしなく準備を進めていた。私の心の奥でも常に「将来」という言葉は止むことなく響いていて、「将来何になりたいの?」「いい大学に入らなかったら、人生は終わりね。」絶え間なく振りかかるそんな言葉に私は精神的に参ってしまって、ついには先のことで楽しみにできたことと言えば夕食で何を食べるかというぐらいだった。前に進むには心の整理も準備もできてなくて、一歩足を踏み出すことも怖くてできなかった。子どものような感情で私は「正しい」こととは全く反対のことをした。一日に6時間も教室に座っていることが耐えられなくなった。先生たちはまるで見下ろすように振る舞い、威張った感じで話しているように思えた。つねに学ぶように強制されていることに私はイライラした。勉強に集中することは高校ではほとんど無理だった。私は自分が誰かも分からなくなってしまった。
卒業するためには普通とは違った解決策が自分には必要だと分かって、その解決策を探し始めた。そこで見つけたのがサドベリー・バレー学校。この学校は子どもたちのためのユートピアのように見えるけれど、最初の数ヶ月は私はおびえていた。公立の学校のシステムが私の中に深く根付いていて、この学校が提供している自由にどう向き合えばいいか分からなかったからだ。とりあえず私が選んだことは、今までの学校でしていたこと―大嫌いだったのにもかかわらず―と全く同じ、授業を受けるということだった。けれど結果的に今までの学校と同じ-そこで見つけたのは「授業でうまくやれない自分」だった。
そんな日々を送っている頃、ダニーが私に近づいてきて、「ローレン、君はここで何がしたいの?」と聞いてきた。私は驚いた。そんなことを聞いてきた先生は今までいなかったから。「分からない」と答えた。「たとえば・・もし読書が好きなら・・・ただ読んだらいいよ。」そして次の年の間中、私は読書に没頭した。あらゆる種類の本を読んだ。ジョージョ・オーウェルのような古典的な作家からアリス・ホフマンのようなベストセラー作家まで。これらの本から私はたくさんのことを学んだ。いろんな文化や自分とは違う考えについて読んだり学んだりすることがとくに楽しかった。
読書したり、サドベリー・バレーのいろんな人たちとおしゃべりしたりして、たくさんの時間を過ごしたあと、私は考え始めた。「私は何になりたいのか?」「私の未来ってどんなもの?」。たった一年前には、「分からないし、どうでもいいわ」と思っていた。でも突然のことだけれど、私はそのことを気にするようになっていたし、自分の中には自信も生まれていた。ビジネスを学び経済的な自立を獲得したくて、私はブレイン美容専門学校に入ることに決めた。毎日サドベリー・バレーに通い、その後でブレインで夜間のクラスに参加した。長い時間の中で、自分にできることはもっとあるのでは、と思い始めた。何かがしたいという自発的な思いの下に行動する自分を発見して、驚くと同時にそんな自分を楽しんだ。ブレイン専門学校では、サロンに来たお客さんの髪を整えてカットする機会が生徒に与えられた。私にとって、それは大きな学びの経験だった。なぜなら、プロとしての環境で人と接する仕方を学べたのだから。ブレインでの筆記科目は容易に吸収することができ、試験では高得点を取ることができた。今まで勉強に対して失っていた自信を取り戻した。一年半ブレインで学ぶという目標を果たした後、ブレインを卒業し、美容師の免許を得た。
卒業した後で私は、自分が大学に行って、より高いレベルの教育を受け、自分が経験したようなことを経験している人を助けたいという思いがある。自分が経験した混乱を通して私はとても重要なことを学ぶことができた。今では、私は自分のストレスに対処することができることがわかっている。なぜなら、すでに多くのことを乗り越えてきたのだから。私にとって大学進学は自分の目標に到達するまでのひとつの手段であり、心理学を学ぶこと、そして臨床心理士になることも私の目標だ。
2009/07/01のBlog
[ 13:23 ]
よく「サドベリースクールに来るような子は自分で学んでいけるのだから、学校はいらないんじゃないか?」と言われます。
日本でも「ホームスクーリング」「ホームエデュケーション」という呼び方で、家で学んでいる子どもたちはたくさんいます。僕はホームスクーリングの学びの選択肢を否定する気はありませんし、「既存の学校の教科学習の枠を超えて子どもたちが自分で学んでいく」という原点的なところは、サドベリースクールと同じところにあると思っています。
ただ、ホームスクーリングとサドベリースクールが同じものなら、わざわざ学校としてサドベリースクールを行う必要はありません。
サドベリースクールが学校として存在する意義として、次のようなものがあります。
子どもたちが何か学びたいときに、サドベリースクールなら多くの人たちがいて、必要とする情報を持っている人がいる可能性も高くなります。またスクール内にサポートできる人がいない場合は、スクールとしてのネットワークでサポートできる人を探すことがやりやすいというメリットもあります。
もうひとつ、とても大切なことは、サドベリースクールは小さな社会だということです。
子どもたちは大人になって社会に出て行く前に、サドベリースクールの第三者の集まりの中で社会を学ぶことができます。それは人間関係から、団体での問題の解決、自分の主張のアピールの仕方まで、幅広く存在します。
ホームスクーリングとサドベリースクールは学びの違います。
そしてそこには、ホームスクーリングにはホームスクーリングの、サドベリースクールにはサドベリースクールのそれぞれの学びの良さが存在するのです。
>>>ぐら
日本でも「ホームスクーリング」「ホームエデュケーション」という呼び方で、家で学んでいる子どもたちはたくさんいます。僕はホームスクーリングの学びの選択肢を否定する気はありませんし、「既存の学校の教科学習の枠を超えて子どもたちが自分で学んでいく」という原点的なところは、サドベリースクールと同じところにあると思っています。
ただ、ホームスクーリングとサドベリースクールが同じものなら、わざわざ学校としてサドベリースクールを行う必要はありません。
サドベリースクールが学校として存在する意義として、次のようなものがあります。
子どもたちが何か学びたいときに、サドベリースクールなら多くの人たちがいて、必要とする情報を持っている人がいる可能性も高くなります。またスクール内にサポートできる人がいない場合は、スクールとしてのネットワークでサポートできる人を探すことがやりやすいというメリットもあります。
もうひとつ、とても大切なことは、サドベリースクールは小さな社会だということです。
子どもたちは大人になって社会に出て行く前に、サドベリースクールの第三者の集まりの中で社会を学ぶことができます。それは人間関係から、団体での問題の解決、自分の主張のアピールの仕方まで、幅広く存在します。
ホームスクーリングとサドベリースクールは学びの違います。
そしてそこには、ホームスクーリングにはホームスクーリングの、サドベリースクールにはサドベリースクールのそれぞれの学びの良さが存在するのです。
>>>ぐら
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