2010/01/02のBlog
[ 15:04 ]
2009/11/30のBlog
[ 14:09 ]
[ 丹波の”まち&むら” ]
快晴の11月23日、丹波市市島町美和地区の「丹波高原アルペンルート交流登山」に参加してきました。やや仰々しいネーミングと思えるこのイベントは、地区の住民の健康づくりや親睦とともに、都市の住民にも参加してもらい、地域の活性化に結びつけようと始まったようです。市島駅から送迎バスが運行し、この日は地区内外から、約100名の参加があったようです。
※写真をクリックすれば拡大します。
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しばらく林道を歩くと、急斜面の直登が続きます。30分ほど登ったところで尾根道に出て、そのまま緩やかに登っていくと、1時間弱で五大山の北にある鷹取山(566m)に到着です。
この日は、朝から霧が深く、眼下に雲海が漂います。南には、多紀連山が雲の上に顔を出しています。しばらくすると、雲が晴れだし、市島や春日、反対側の氷上の景色が見えてきました。途中であった子どもたちは、「きれいやった」「天国みたいやった」と、山に登らなければ味わえない景色の素晴らしさを語っていました。
この日は、朝から霧が深く、眼下に雲海が漂います。南には、多紀連山が雲の上に顔を出しています。しばらくすると、雲が晴れだし、市島や春日、反対側の氷上の景色が見えてきました。途中であった子どもたちは、「きれいやった」「天国みたいやった」と、山に登らなければ味わえない景色の素晴らしさを語っていました。
みんなで、少し早めの昼食をいただきます。
「林の中に番号を書いた札がありますから、探してください」
ゲーム担当者の説明を受け、幹に挟まった札を見つけます。
下山後、札を持って行けば、簡単な記念品がもらえるという趣向です。
「林の中に番号を書いた札がありますから、探してください」
ゲーム担当者の説明を受け、幹に挟まった札を見つけます。
下山後、札を持って行けば、簡単な記念品がもらえるという趣向です。
紅白の幕が張られた舞台には、「丹波ウグイスの森コンサート」の看板が張られ、市島中学校のみんさんによるブラスバンドが演奏されていました。このあとは「大声コンテスト」・・・。子どもや中学生がチャレンジし、上位入賞者には特産の山芋が与えられます。
美和地区は、このほかにも白毫寺の藤まつりなどの交流イベントを開催しています。また、旧農協施設を活用したスーパーやコミュニティ喫茶の経営、コープこうべの研修宿泊施設(現在は民間経営)、民間サッカー場の開発誘致など、積極的に地域づくりを進めているところです。
地域の方々の高齢化とともに、地域づくりにやや疲れが出ていると聞きました。しかし、約40名の方々が手際よく活動されている姿を見ると、長年続けられてきた地域活動の積み重ねがあるから・・・と思わされます。それだからこそ、地域の方々が疲れを覚えない、楽しいやり方はないか、地域の若い人のアイデアや都市住民の力を借りたり、「参加」してもらえるプログラムは考えられないかなどと、心地よい疲れを感じる列車の中で考えさせられました。
美和地区は、このほかにも白毫寺の藤まつりなどの交流イベントを開催しています。また、旧農協施設を活用したスーパーやコミュニティ喫茶の経営、コープこうべの研修宿泊施設(現在は民間経営)、民間サッカー場の開発誘致など、積極的に地域づくりを進めているところです。
地域の方々の高齢化とともに、地域づくりにやや疲れが出ていると聞きました。しかし、約40名の方々が手際よく活動されている姿を見ると、長年続けられてきた地域活動の積み重ねがあるから・・・と思わされます。それだからこそ、地域の方々が疲れを覚えない、楽しいやり方はないか、地域の若い人のアイデアや都市住民の力を借りたり、「参加」してもらえるプログラムは考えられないかなどと、心地よい疲れを感じる列車の中で考えさせられました。
2009/11/29のBlog
[ 19:00 ]
[ 研究所 ”Now” ]
11月19日、兵庫県企画県民部政策室が設置した「地域空間活用検討チーム」の専門家5名、県の職員4名が、「ふるさと自立計画推進事業」に採択された青垣町遠阪地区の調査と意見交換に来られました。地元側からは、「遠阪むらづくりを考える会」の生田さん、清水さん、丹波の森研究所から山本が応対しました。
遠阪の最奧にある今出川親水公園から林道を上って行きます。
遠阪の最奧にある今出川親水公園から林道を上って行きます。
11月14日に、遠阪地区の住民とアサヒビールの社員約30名によって、遊歩道づくりなどの活動が行われた「遠阪アサヒの森」で説明を聞きました。今後5年間、遊歩道づくりや交流イベントなどを通じて、地域とアサヒビールが交流していきます。生田さんは、「ここで得られる経験を様々な形で地域の元気づくりに行かしていきたい」
と話していました
と話していました
2009/11/09のBlog
[ 19:57 ]
[ 丹波の”まち&むら” ]
丹波市青垣町遠阪地区は、熊野神社のはだかまつりで有名です。はだかまつりは、命の神様を祭る熊野神社に祈願して病が全快すると、元気になったあらわしとして、例祭の時に裸になってぶつかり合ったことが起源とされる行事です。この秋一番の寒波が襲った3日、はだかまつりに出かけました。まず、全校20名弱の小学生と幼稚園児によるはだか相撲。オガクズの土俵で、1対1、勝ち抜き戦が行われました。家族や近所の人たちによる声援が飛びかいます。
※写真はクリックで拡大します。
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次は、大人のはだかまつりです。約30名の大人と10名弱の子どもが、舞堂と呼ばれる小屋で、掛け声とともに”おしくらまんじゅう”のように背中をすりあわせたあと、外に飛びだして石段を登り、拝殿にお参りし、また舞堂に帰ってきます。これを7回繰り返します。
舞堂を3回半回ったあと、御幣をもった袴姿の人が舞堂を突っ切り、拝殿に向かって石段を駆け上がります。それを裸衆が追い、御幣を折ったり、奪おうとします。しばらく、拝殿の前でバトルが繰り広げられ、それぞれが腰に巻いたサラシに御幣を入れます。これによって、また1年、健康に過ごせると言われています。
このあと、舞堂の横の広場で、餅まきが行われます。この頃になると、参拝客は数百人に増え、屋台から蒔かれる餅を拾うというより、奪い合います。餅の中には、ハズレなしの景品引換券が入っているからです。ちなみに景品は、ラップ、ティッシュ箱、たこ焼き、たい焼きなど。餅を5つ拾い、ティッシュ箱を5ついただきました。
かつては、但馬など周辺地域から多くの参拝客を集めたはだかまつりも、日本の他の地域と同様に、昭和40年代以降は、地区の皆さんを中心にした、こぢんまりとしたものになったようです。しかし、見せるためでも、よその人のためでもない、自分たちの地域に伝えられてきたまつりを楽しんでいる様子がうかがえました。
遠阪地区で進めている「ふるさと自立計画」づくりは、このまつりに象徴されるように、観光開発や大規模な集客ではなく、遠阪の良さを理解してもらえる特定の都市住民との交流なども進めながら、地域の魅力を再発見し、創造しながら、次世代に伝えていく。そんな計画になるのでは?との予感がしています。(Y)
かつては、但馬など周辺地域から多くの参拝客を集めたはだかまつりも、日本の他の地域と同様に、昭和40年代以降は、地区の皆さんを中心にした、こぢんまりとしたものになったようです。しかし、見せるためでも、よその人のためでもない、自分たちの地域に伝えられてきたまつりを楽しんでいる様子がうかがえました。
遠阪地区で進めている「ふるさと自立計画」づくりは、このまつりに象徴されるように、観光開発や大規模な集客ではなく、遠阪の良さを理解してもらえる特定の都市住民との交流なども進めながら、地域の魅力を再発見し、創造しながら、次世代に伝えていく。そんな計画になるのでは?との予感がしています。(Y)
2009/11/02のBlog
[ 14:55 ]
[ 研究所 ”Now” ]
11月1日(日)、丹波の森フェスティバルが開催されました。
今年のテーマは、「もりびとになって、たんばらしさを楽しもう」です。
前線の接近で、午後から風雨・・との予報でしたが、
朝10時、青空の中でスタートしました。
※写真をクリックすると、拡大します。
今年のテーマは、「もりびとになって、たんばらしさを楽しもう」です。
前線の接近で、午後から風雨・・との予報でしたが、
朝10時、青空の中でスタートしました。
※写真をクリックすると、拡大します。
丹波の森研究所は、初めての試みとして、これまで支援などを通じて関わってきた地区の中から、主なもの約15を取り上げ、それぞれの地域づくりの取り組みをパネルにして紹介しました。
先日開催された「ひおき軒先ミュージアム」の暖簾をお借りして、展示スペースやロビーを飾らせていただきました。
これからも、いろいろな地区との関わりや支援を続け、その成果をパネルにして、来年のフェスティバルでも見ていただくつもりです。
先日開催された「ひおき軒先ミュージアム」の暖簾をお借りして、展示スペースやロビーを飾らせていただきました。
これからも、いろいろな地区との関わりや支援を続け、その成果をパネルにして、来年のフェスティバルでも見ていただくつもりです。
多利南営農組合(丹波市春日町)の皆さんの出店スペースです。
お米、赤飯セット(餅米、小豆、ごま塩)、焼き芋、南京豆(レシピつき)、レタス、ネギ、柚子などが立体的に並べられていました。
ミニシクラメンが店頭を華やかに演出し、たくさんの方が買い求めて行かれました。
お米、赤飯セット(餅米、小豆、ごま塩)、焼き芋、南京豆(レシピつき)、レタス、ネギ、柚子などが立体的に並べられていました。
ミニシクラメンが店頭を華やかに演出し、たくさんの方が買い求めて行かれました。
草山地区(篠山市)のみなさんのコーナーです。
大鍋でつくった猪汁(ししじる)が大人気でした。
この地区は、地域づくりも盛んなところとして知られています。
皆さんのチームワークぶりからも、そのことが伺えました。
大鍋でつくった猪汁(ししじる)が大人気でした。
この地区は、地域づくりも盛んなところとして知られています。
皆さんのチームワークぶりからも、そのことが伺えました。
[ 14:50 ]
[ 研究所 ”Now” ]
2009/10/31のBlog
[ 12:50 ]
[ 研究所 ”Now” ]
11月1日(日)、10~16時、丹波の森公苑にて、「丹波の森フェスティバル」が開催されます。
「サイエンスイリュージョン&おもしろ実験教室」「屋台」「丹波の森公苑検定Ⅱ」「フリーマーケット」「とれとれ野菜市」など、楽しめるプログラムがいっぱいです。
丹波の森研究所は、これまで支援などを通じて関わってきた主な集落の取り組みをポスター/パネルにしました。
丹波は、秋が最も美しく輝くときです。
ご家族、お知り合いの方々と、どうぞお越しください。
「サイエンスイリュージョン&おもしろ実験教室」「屋台」「丹波の森公苑検定Ⅱ」「フリーマーケット」「とれとれ野菜市」など、楽しめるプログラムがいっぱいです。
丹波の森研究所は、これまで支援などを通じて関わってきた主な集落の取り組みをポスター/パネルにしました。
丹波は、秋が最も美しく輝くときです。
ご家族、お知り合いの方々と、どうぞお越しください。
2009/10/28のBlog
[ 16:36 ]
[ 丹波の”まち&むら” ]
あかね空に奏でる「山の芋の詩」
晩秋の夕暮れ時 山の芋畑で収穫後の蔓を燃やします。
立ち昇る真赤な炎とたなびく煙があかね空に響き合うその様は
丹波篠山の晩秋の風物詩と言えます。
わたし達 篠山市西紀中地区では 山の芋づくりがはじまった「農」を誇りに
農の風景を見つめ直したいと『とろろ街道 炎のまつり』を開催いたします。
「山の芋」をはぐくんできた「農の文化」を 失われつつある「火の文化」を
どうぞご賞味ください。
●と き:2009年11月8日(日曜日) 13:00~
●ところ:黒豆の館周辺
※パンフレットより 詳しくはPDFファイルをご覧ください。
※丹波の森研究所は、「とろろ街道 炎のまつり」をサポートしてきました。
晩秋の夕暮れ時 山の芋畑で収穫後の蔓を燃やします。
立ち昇る真赤な炎とたなびく煙があかね空に響き合うその様は
丹波篠山の晩秋の風物詩と言えます。
わたし達 篠山市西紀中地区では 山の芋づくりがはじまった「農」を誇りに
農の風景を見つめ直したいと『とろろ街道 炎のまつり』を開催いたします。
「山の芋」をはぐくんできた「農の文化」を 失われつつある「火の文化」を
どうぞご賞味ください。
●と き:2009年11月8日(日曜日) 13:00~
●ところ:黒豆の館周辺
※パンフレットより 詳しくはPDFファイルをご覧ください。
※丹波の森研究所は、「とろろ街道 炎のまつり」をサポートしてきました。
2009/10/26のBlog
[ 14:00 ]
[ 丹波の”まち&むら” ]
秋晴れの一日、篠山市日置地区のイベントに出かけました。
日置は、かつて大阪、京都、播磨・但馬への交通の要衝として栄えたところ。大庄屋の波部家があり、日置から亀岡まで、他人の土地を通らないで行けたと、地区の人々は今も語り続けています。江戸後期には、亀岡市に生まれた石田梅岩が大成した心学の流れを汲む講舎(写真)があり、周辺地域から多くの人を集める勉学の町としても有名でした。
日置は、かつて大阪、京都、播磨・但馬への交通の要衝として栄えたところ。大庄屋の波部家があり、日置から亀岡まで、他人の土地を通らないで行けたと、地区の人々は今も語り続けています。江戸後期には、亀岡市に生まれた石田梅岩が大成した心学の流れを汲む講舎(写真)があり、周辺地域から多くの人を集める勉学の町としても有名でした。
そんなまちも、時代の変化やバイパスの整備によって、車や人の動きが少なくなり、商店の数も減りました。街に元気を取りもどそう!との話し合いの中から、箪笥に眠っている着物を使って暖簾をつくり、秋祭りに軒下を飾ろう・・・と、「ひおき軒下ミュージアム」が始まりました。丹波の森研究所は、上岡研究員が中心になり、この取り組みを支援してきました。
暖簾の他に、かつての農機具なども飾られています。
暖簾の他に、かつての農機具なども飾られています。
2009/10/18のBlog
[ 21:54 ]
[ 丹波の”まち&むら” ]
市島町美和地区は、竹田川の支流・美和川沿いに形成された、7集落と2住宅地からなる約560戸、約2000人の田園的地域です。
美和地区の地域づくりに関する支援の要請を受け、会長の案内で、美和地区を回りました。
※写真をクリックすると拡大します。
美和地区の地域づくりに関する支援の要請を受け、会長の案内で、美和地区を回りました。
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白毫寺は、近年、九尺藤で有名になりました。
この藤は、住職が約30年前に広場の周囲に植え、成長したもので、比較的新しいようです。そして、市島町を代表する観光スポットに成長したのは、地域住民の多大な協力・支援があったからのようです。
この藤は、住職が約30年前に広場の周囲に植え、成長したもので、比較的新しいようです。そして、市島町を代表する観光スポットに成長したのは、地域住民の多大な協力・支援があったからのようです。
そして、次のような取組みを行ってきた地域づくり先進地です。
・白毫寺の訪問者に屋台などを楽しんでもらう「藤まつり」
・元農協施設の活用(住民出資による「美和ふるさと百貨店」、
コミュニティカフェ「とんぼり」、屋内体育施設「スポーツ21」)
・五大山麓の施設整備(グラウンド、テニスコート、ボタン園など)
・コープ神戸組合員の保養所誘致(現在は民間企業の経営)
・五大山の「アルペン交流登山」
・神社仏閣を訪ね歩く「歩け歩け大会in美和の里」
・白毫寺の訪問者に屋台などを楽しんでもらう「藤まつり」
・元農協施設の活用(住民出資による「美和ふるさと百貨店」、
コミュニティカフェ「とんぼり」、屋内体育施設「スポーツ21」)
・五大山麓の施設整備(グラウンド、テニスコート、ボタン園など)
・コープ神戸組合員の保養所誘致(現在は民間企業の経営)
・五大山の「アルペン交流登山」
・神社仏閣を訪ね歩く「歩け歩け大会in美和の里」
しかし、若者の流出等による住民の高齢化、かつて盛んだった酪農や林業等の低迷、リーダーの兼務による多忙などを要因として、美和の地域づくりが曲がり角に来ているようです。このような時期に、あらためて美和の地域づくりを住民に問い、幅広い世代の参加のもと、”住民が楽しむ地域づくり”を進めようと考えています。
丹波地域は、”地域づくりが盛んなところ”と言われてきました。しかし、美和地区のように、地域づくりに”疲れ”を覚えているところは少なくないようです。このため、このような困難な状況の中で、「持続する地域づくり」をいかに進めるかが、今後の大きな課題と考えられます。
丹波の森研究所は、地域の方々と共に考え、県市と情報交流しながら、今後も地域づくりをサポートしていきたいと考えています。
丹波地域は、”地域づくりが盛んなところ”と言われてきました。しかし、美和地区のように、地域づくりに”疲れ”を覚えているところは少なくないようです。このため、このような困難な状況の中で、「持続する地域づくり」をいかに進めるかが、今後の大きな課題と考えられます。
丹波の森研究所は、地域の方々と共に考え、県市と情報交流しながら、今後も地域づくりをサポートしていきたいと考えています。