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丹波の森研究所 あっちこっち
記事一覧
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2010/02/17のBlog
2月16日、丹波の森公苑にて、丹波地域の「森・里づくりフォーラム」(主催:兵庫県丹波県民局、篠山市、丹波市、(財)兵庫丹波の森協会)が開催されました。丹波地域では、平成19年度から、環境保全などのCSR活動の場を求める「企業」と、山林等の管理が困難になっている「地域」の協働によって、里山の維持管理などを行う『企業の森・里づくり』が始まり、現在5地域に拡大しています。フォーラムは、5地域の活動の発表と交流を通じて、さらなる拡大をはかることを目的に開催されました。
Photo:奥氏の基調講演
5つの地域の森林の名称(所在地):企業名、地元団体名は、●油井鎮守の森(篠山市油井):三菱電機(株)神戸製作所、油井生産森林組合、●曽地中里の山づくり(篠山市曽地中):NPOエコラ倶楽部、曽地中自治会、●遠阪アサヒの森(丹波市青垣町遠阪):アサヒビール(株)西宮工場、遠阪森づくり協議会、●篠山宮代の里(篠山市宮代):(株)阪急阪神交通社ホールディングス、宮代自治会、●神船・大名草の森づくり(丹波市青垣町大名草):三菱重工業(株)、(財)神楽会、大名草自治会です。
Photo:「企業の森」の分布
フォーラムでは、内田貞雄県民局長のあいさつ、酒井篠山市長と辻丹波市長による地域紹介のあと、奥敬一氏(独立行政法人森林総合研究所関西支所主任研究員)の基調講演がありました。奥氏は、但馬地域には住民が力を合わせる意味の「合力」という言葉がある。この言葉のように、まず地域の住民が地域づくりに力を合わせる必要がある。加えて、農山村地域に魅力を感じる都市住民や企業、大学などの力を活用してはどうか。都市域に比較的近く、地域づくりの伝統のある丹波地域では可能であると話されました。
Photo:会場風景
ついで、5地域の企業・団体による活動の発表、地元団体のコメントが行われました。企業・団体側からは、丹波地域のゆたかな緑や新鮮な空気、季節ごとの食べ物などが魅力であり、丹波に「ふるさと」をもちたい社員が多い。地元側からは、荒廃した森林環境の回復(間伐、広葉樹への転換、遊歩道整備など)に、企業の力を借りたいなどと話されました。また、年数回の里山での活動以外にも、相互に訪問し合うなど、親密な交流を続けたいとの意見も双方から聞かれました。
Photo:「企業の森」の活動風景(県民局発行の冊子より)
フォーラムには、丹波地域一円から約150名の参加者があり、講演や発表を熱心に聞かれていました。フォーラムに参加したことによって、「私たちも同じような取り組みをしたい・・」という地域が現れ、「企業の森」が広がっていくことが期待されます。
丹波の森研究所は、これまで、企業の森づくりの「ガイドライン」の策定、企業と地域による協議会の立ち上げなど、初動期の活動支援を行ってきました。これからも、「企業の森・里づくり」をはじめ、様々な場や機会を通じて、丹波地域の地域づくりや活性化に貢献したいと考えています。
Photo:5地域の企業・地元関係者
2010/01/02のBlog
2010年、あけまして おめでとうございます。

(財)兵庫丹波の森協会/丹波の森研究所は、「丹波の森構想」(丹波地域の特性や資源を生かしながら、人・自然・文化の調和した地域づくり)を推進するために、今年も地域の方々とともに考え、取り組み、そして支援したいと願っています。

本年も、どうぞよろしくお願いいたしjます。
2009/11/30のBlog
[ 14:09 ] [ 丹波の”まち&むら” ]
快晴の11月23日、丹波市市島町美和地区の「丹波高原アルペンルート交流登山」に参加してきました。やや仰々しいネーミングと思えるこのイベントは、地区の住民の健康づくりや親睦とともに、都市の住民にも参加してもらい、地域の活性化に結びつけようと始まったようです。市島駅から送迎バスが運行し、この日は地区内外から、約100名の参加があったようです。

※写真をクリックすれば拡大します。
しばらく林道を歩くと、急斜面の直登が続きます。30分ほど登ったところで尾根道に出て、そのまま緩やかに登っていくと、1時間弱で五大山の北にある鷹取山(566m)に到着です。
この日は、朝から霧が深く、眼下に雲海が漂います。南には、多紀連山が雲の上に顔を出しています。しばらくすると、雲が晴れだし、市島や春日、反対側の氷上の景色が見えてきました。途中であった子どもたちは、「きれいやった」「天国みたいやった」と、山に登らなければ味わえない景色の素晴らしさを語っていました。
みんなで、少し早めの昼食をいただきます。
「林の中に番号を書いた札がありますから、探してください」
ゲーム担当者の説明を受け、幹に挟まった札を見つけます。
下山後、札を持って行けば、簡単な記念品がもらえるという趣向です。
昼過ぎに下山すると、地域の方々による餅つきと餅の販売、うどんのサービスが行われていました。米でできた「こめっこうどん」のかけうどん・・100円です。
紅白の幕が張られた舞台には、「丹波ウグイスの森コンサート」の看板が張られ、市島中学校のみんさんによるブラスバンドが演奏されていました。このあとは「大声コンテスト」・・・。子どもや中学生がチャレンジし、上位入賞者には特産の山芋が与えられます。




美和地区は、このほかにも白毫寺の藤まつりなどの交流イベントを開催しています。また、旧農協施設を活用したスーパーやコミュニティ喫茶の経営、コープこうべの研修宿泊施設(現在は民間経営)、民間サッカー場の開発誘致など、積極的に地域づくりを進めているところです。
地域の方々の高齢化とともに、地域づくりにやや疲れが出ていると聞きました。しかし、約40名の方々が手際よく活動されている姿を見ると、長年続けられてきた地域活動の積み重ねがあるから・・・と思わされます。それだからこそ、地域の方々が疲れを覚えない、楽しいやり方はないか、地域の若い人のアイデアや都市住民の力を借りたり、「参加」してもらえるプログラムは考えられないかなどと、心地よい疲れを感じる列車の中で考えさせられました。
2009/11/29のBlog
[ 19:00 ] [ 研究所 ”Now” ]
11月19日、兵庫県企画県民部政策室が設置した「地域空間活用検討チーム」の専門家5名、県の職員4名が、「ふるさと自立計画推進事業」に採択された青垣町遠阪地区の調査と意見交換に来られました。地元側からは、「遠阪むらづくりを考える会」の生田さん、清水さん、丹波の森研究所から山本が応対しました。
遠阪の最奧にある今出川親水公園から林道を上って行きます。
11月14日に、遠阪地区の住民とアサヒビールの社員約30名によって、遊歩道づくりなどの活動が行われた「遠阪アサヒの森」で説明を聞きました。今後5年間、遊歩道づくりや交流イベントなどを通じて、地域とアサヒビールが交流していきます。生田さんは、「ここで得られる経験を様々な形で地域の元気づくりに行かしていきたい」
と話していました
11月3日に[「はだか祭り」が行われた熊野神社を訪れました。境内は、昔も今も子どもの遊び場であること、遠阪地区の住民にとって、熊野神社やはだか祭りがいかに大切であるかという説明がされました。
熊野神社に江戸時代に奉納された、幾何学を解説した「数理の額」です。特別に見せていただきました。遠阪には、このほかにも、それぞれの家に古いものがたくさん残っているようです。
かつて大庄屋を務めた生田家にお邪魔をして、意見交換をしました。「はだか祭りを地域の人々がもっと楽しめるまつりにしては」「数理の額に書かれた内容を解説する公開講座を開催してはどうか」「それぞれの家にあるお宝を持ち寄って、鑑定会のようなものをしてはどうか」など、いろいろな意見が出されました。これらをふるさと自立計画に活かしていきたいと思っています。
2009/11/09のBlog
[ 19:57 ] [ 丹波の”まち&むら” ]
丹波市青垣町遠阪地区は、熊野神社のはだかまつりで有名です。はだかまつりは、命の神様を祭る熊野神社に祈願して病が全快すると、元気になったあらわしとして、例祭の時に裸になってぶつかり合ったことが起源とされる行事です。この秋一番の寒波が襲った3日、はだかまつりに出かけました。まず、全校20名弱の小学生と幼稚園児によるはだか相撲。オガクズの土俵で、1対1、勝ち抜き戦が行われました。家族や近所の人たちによる声援が飛びかいます。
※写真はクリックで拡大します。
次は、大人のはだかまつりです。約30名の大人と10名弱の子どもが、舞堂と呼ばれる小屋で、掛け声とともに”おしくらまんじゅう”のように背中をすりあわせたあと、外に飛びだして石段を登り、拝殿にお参りし、また舞堂に帰ってきます。これを7回繰り返します。
そのあと、拝殿の内部にいた神主、袴姿の世話役、礼服姿の区の役員が石段を下り、御幣をもった人を先頭に舞堂を回ります。うしろには、裸衆がついて回り、なぜか前を行く役員たちをからかいます。
舞堂を3回半回ったあと、御幣をもった袴姿の人が舞堂を突っ切り、拝殿に向かって石段を駆け上がります。それを裸衆が追い、御幣を折ったり、奪おうとします。しばらく、拝殿の前でバトルが繰り広げられ、それぞれが腰に巻いたサラシに御幣を入れます。これによって、また1年、健康に過ごせると言われています。
このあと、舞堂の横の広場で、餅まきが行われます。この頃になると、参拝客は数百人に増え、屋台から蒔かれる餅を拾うというより、奪い合います。餅の中には、ハズレなしの景品引換券が入っているからです。ちなみに景品は、ラップ、ティッシュ箱、たこ焼き、たい焼きなど。餅を5つ拾い、ティッシュ箱を5ついただきました。

かつては、但馬など周辺地域から多くの参拝客を集めたはだかまつりも、日本の他の地域と同様に、昭和40年代以降は、地区の皆さんを中心にした、こぢんまりとしたものになったようです。しかし、見せるためでも、よその人のためでもない、自分たちの地域に伝えられてきたまつりを楽しんでいる様子がうかがえました。

遠阪地区で進めている「ふるさと自立計画」づくりは、このまつりに象徴されるように、観光開発や大規模な集客ではなく、遠阪の良さを理解してもらえる特定の都市住民との交流なども進めながら、地域の魅力を再発見し、創造しながら、次世代に伝えていく。そんな計画になるのでは?との予感がしています。(Y)
2009/11/02のBlog
[ 14:55 ] [ 研究所 ”Now” ]
11月1日(日)、丹波の森フェスティバルが開催されました。
今年のテーマは、「もりびとになって、たんばらしさを楽しもう」です。

前線の接近で、午後から風雨・・との予報でしたが、
朝10時、青空の中でスタートしました。

※写真をクリックすると、拡大します。
丹波の森研究所は、初めての試みとして、これまで支援などを通じて関わってきた地区の中から、主なもの約15を取り上げ、それぞれの地域づくりの取り組みをパネルにして紹介しました。
先日開催された「ひおき軒先ミュージアム」の暖簾をお借りして、展示スペースやロビーを飾らせていただきました。
これからも、いろいろな地区との関わりや支援を続け、その成果をパネルにして、来年のフェスティバルでも見ていただくつもりです。
多利南営農組合(丹波市春日町)の皆さんの出店スペースです。
お米、赤飯セット(餅米、小豆、ごま塩)、焼き芋、南京豆(レシピつき)、レタス、ネギ、柚子などが立体的に並べられていました。
ミニシクラメンが店頭を華やかに演出し、たくさんの方が買い求めて行かれました。
草山地区(篠山市)のみなさんのコーナーです。
大鍋でつくった猪汁(ししじる)が大人気でした。

この地区は、地域づくりも盛んなところとして知られています。
皆さんのチームワークぶりからも、そのことが伺えました。
「バングラデシュの子どもたちに教育支援を!!」のボランティアグループP.U.S.(篠山市)のみなさんです。バングラデシュ出身の高校生君と一緒に、カレーを出店されていました。
[ 14:50 ] [ 研究所 ”Now” ]
フェスティバルの会場を2階から見たところ
丹波市茶華道連盟による野点コーナー
柏原高校茶道部のみなさんも応援参加してくださいました。
林の中では、ロープを使って木登りを楽しむ「ツリーイング」が行われました。指導者のもと、小学生たちが初めての体験を楽しみました。
丹波の森公苑名誉公苑長の河合雅雄先生にも、ご参加いただきました。
”まるいの”や”はばたん”も参加してくれました。

午後からは天気が崩れるという、あいにくの天気でしたが、丹波地域や阪神・大阪方面から、多くの方々に参加いただき、丹波の森公苑を舞台に、楽しい一日を過ごすことができました。ありがとうございました。
2009/10/31のBlog
[ 12:50 ] [ 研究所 ”Now” ]
11月1日(日)、10~16時、丹波の森公苑にて、「丹波の森フェスティバル」が開催されます。
「サイエンスイリュージョン&おもしろ実験教室」「屋台」「丹波の森公苑検定Ⅱ」「フリーマーケット」「とれとれ野菜市」など、楽しめるプログラムがいっぱいです。

丹波の森研究所は、これまで支援などを通じて関わってきた主な集落の取り組みをポスター/パネルにしました。

丹波は、秋が最も美しく輝くときです。
ご家族、お知り合いの方々と、どうぞお越しください。
2009/10/28のBlog
[ 16:36 ] [ 丹波の”まち&むら” ]
あかね空に奏でる「山の芋の詩」

晩秋の夕暮れ時 山の芋畑で収穫後の蔓を燃やします。
立ち昇る真赤な炎とたなびく煙があかね空に響き合うその様は
丹波篠山の晩秋の風物詩と言えます。
わたし達 篠山市西紀中地区では 山の芋づくりがはじまった「農」を誇りに
農の風景を見つめ直したいと『とろろ街道 炎のまつり』を開催いたします。
「山の芋」をはぐくんできた「農の文化」を 失われつつある「火の文化」を
どうぞご賞味ください。
 ●と き:2009年11月8日(日曜日) 13:00~
 ●ところ:黒豆の館周辺

※パンフレットより 詳しくはPDFファイルをご覧ください。
※丹波の森研究所は、「とろろ街道 炎のまつり」をサポートしてきました。
2009/10/26のBlog
[ 14:00 ] [ 丹波の”まち&むら” ]
秋晴れの一日、篠山市日置地区のイベントに出かけました。
日置は、かつて大阪、京都、播磨・但馬への交通の要衝として栄えたところ。大庄屋の波部家があり、日置から亀岡まで、他人の土地を通らないで行けたと、地区の人々は今も語り続けています。江戸後期には、亀岡市に生まれた石田梅岩が大成した心学の流れを汲む講舎(写真)があり、周辺地域から多くの人を集める勉学の町としても有名でした。
そんなまちも、時代の変化やバイパスの整備によって、車や人の動きが少なくなり、商店の数も減りました。街に元気を取りもどそう!との話し合いの中から、箪笥に眠っている着物を使って暖簾をつくり、秋祭りに軒下を飾ろう・・・と、「ひおき軒下ミュージアム」が始まりました。丹波の森研究所は、上岡研究員が中心になり、この取り組みを支援してきました。
暖簾の他に、かつての農機具なども飾られています。
嗜好を凝らした花のオブジェです。
この日は、磯宮八幡宮の秋祭りの日でした。
街道から路地を一歩入ると、家並みに沿った水路の向こうに、一面の黒豆畑・・・。何となくなつかしさを感じる、”ふるさとの風景”でした。